シェイドはいつもセツナの後ろに居た。


軍議の時、はじめ、シェイドはセツナの後ろに立っている。
暫く時間が過ぎていい加減白い紙に飽きて顔を上げると、その姿は大概消えている。
しかしもう一度顔を下げ、顔を上げると、そこにシェイドは戻っていた。
そしてセツナの手には、それまでなかったはずの資料が携えられている。
空気の揺れることさえ判らないほどに、シェイドはセツナの後ろに佇むことを当たり前としていた。
群議が終わり、上げた顔の先にシェイドは写らない。
何故ならシェイドはセツナの足であり目であり腕であり指なのだ。
つまりシェイドという人間は、居ないに等しいものだった。
シェイドにとって軍議は、セツナが公に明かす事象を知る場であり、自分が今後どこにどう動けばいいかを推量する場でしかない。
だから耳に入る情報から必要と思うものがあれば姿を消し、セツナにそれを届け、自分の先行きを計れた後はそれを実行するためにその場を去る。
シェイドは軍議に参加しているのではない。
セツナの後ろに居るために、いるのだ。



シェイドを連れてきたのは、セツナ自身だった。
下級兵だったが、才覚を目にして引き抜きたいのだと言った。
たいもなにも、とぼんやりと思ったりもしたが、思い返せばセツナが自主的に兵の異動に関与したのははじめてだったことも同時に思い出した。
セツナは基本的に、自分の我を通さない。
軍議や国策に関してはあらゆる事を斬り捨てて筋を通すが、それは我とは言わない。
セツナが自己主張をすることは、俺の知っている限りでははじめてだった。
そうして連れてきたのは小さな蝙蝠で、セツナと正反対の真っ黒な姿をしていた。
実は、と、セツナは言いにくそうだった。
実はもう、これの了承を得てしまったのです、とセツナは切り出した。
それだったら何が悪いんだ?
親父様の言は至極尤もだった。
兵を、わたしの一存だけで動かすわけにはいかないでしょう。
セツナは、普段とは違った趣で眉根を寄せた。
お前はいつもそんな喋りをするよな。
エドガーがそう言って、親父様と笑い、セツナに、何も問題ないだろ、と言った。

そこで安堵をこぼしていたのは、シェイドの方に見えた。











シェイドは常にこう言った。
俺、は、全部、セツナがくれた。
そうだろうか、と、時々思っていた事は、もう言わないし言えもしない。
名前から地位に至るまで、白銀の妖狐に捏造され付加されていたシェイド。
全てを甘受して、それどころか言われてもいない仕事さえセツナのためだと暴いては治めていた。
それは何のひとつさえ無駄になることなく、確かにセツナのためになった。
つまり、獣牙のためになった。
シェイドは、セツナに与えられることを望み、待ち、受け入れていた。
明らかに理不尽な言でさえ実行に移せたのは、シェイドはやはりいれものなだけだったからだろうか。
それはきっとちがう。
シェイドは確かにいれもので、実体のまるでないようにセツナの右へ左へと動き、あらゆるものを奪われても、やはり個であって、空ではない。
シェイドはセツナを望んでいた。
セツナの命令をではない。
だから全てを飲み込んだ。
セツナはシェイドから様々なものを奪い、かわりに命令や忍耐を与えた。
獣牙のため、そして世界のためだった。
それをシェイドは判っていたし、恐ろしいほどの頭と能力でもって何もかもを成功に導いた。
けれど―――それは、多分、セツナはそれしか出来なかったからなんじゃないか、と、時々思っていた。
国の為なんて、それしか与えようがなかったからなんじゃないか、とか。
シェイドは、セツナがはじめて自ら望み手に入れたものだ。
少なくとも俺の知っている限りははじめての、セツナだけの所有物だ。
ただただ嬉しくて、それなのに使い方も愛で方も知らなくて。
そしてセツナの判る事と言えば、国と政治と外交と戦争。
所有物の方のシェイドの方が、所有者を喜ばせる方法を知っていたんだ。
―――いや、何ていえばいいのかな。
セツナは奪ったものを捨てて、そこに与える事をしていた。
シェイドは与えられたものを飲み込み、消化したが溜め込みもした。
でも。
そうだ。
そこで本当に満たされてたのは、どっちだったろうな。












シェイドが南から戻ってきた、その後、セツナが笑うのを良く見かけた。

だから。
思っていた事を言う必要は、もうない。
そして。











耳に馴染みのない獣の鳴き声が聞こえる。
咆哮と言うよりは、慟哭だ。
馴染みも聞き覚えもない声。
だが、これは、セツナの声だ。
シェイド、とだけ、呼んでいる。




セツナはやっと、産まれ、たのだ。
神ではないところから。