ココ
空席がひとつある。
無駄を嫌うセツナがわざわざ空けたままにしておいてあるそうだ。
その時新参の自分が聞ける訳はなかったので、こっそりとコランダムに聞いた。
この男はえらい面倒見が良くて、大雑把だが気配りが上手い。
取り敢えず襲ってはみたが返り討ちにあって、そのまま城に担ぎ込まれた。
気が付いたらその城で働いている。
運の良い悪いはこの際無視だ。
あの巻物自体に、どうしても欲しい、という情熱はないが、1度狙ったものなので狙い続けている。
そういう意味では凄くラッキーだとは思う。
セツナの無駄嫌いは、だからどうというものでもない。
そもそも私を雇おうなどという考えを持つ事自体が無駄な気がする。
私が言うのもなんだけど。
セツナの言う無駄とは、役に立たないもの、という意味らしい。
余所の国では、城と言えばどこにもかしこにも壷やら絵やらガラスやらが飾られているのだそうだ。
ちなみに私は置物には興味がない。
高価だろうがなんだろうが、動かないものには目がいかないようにできている。
なんて言ったって、猫なんだから。
極意書自体は動かないけど、それを担いでいるコランダムは動く。
だから狙い続けてるという訳で。
お城のことに戻ると。
誰かが動けば壊れるようなものを置く事は、セツナ的には無駄なことらしい。
誰も使わない物を置く事も無駄。
誰にも理解が出来ないものも無駄。
そしてそれは獣牙族的にも至極ごもっともな考え方。
時々セツナがごそごそと何かを仕舞う姿を見かけても、何を仕舞ったのかを言える人間はいない。
あってもなくても同じ物。
むしろ、あってもいらないもの。
ていうかむしろいらない物。
ジャマ。
そういうものをセツナは見付けては、こまこまと仕舞っている。
お蔭で城のどこを歩いても何かにぶつかることはないし、どれだけ飛び跳ねても頭にトゲが刺さることもない。
入った事はないし興味もないが、迎賓館、も同じらしい。
何もないがらんどうの部屋に、テーブル。
それで高くて広いなんて、なんてすてきだろう。
そんなセツナが唯一邪魔扱いしないものといえば、負傷兵、らしい。
再起不能の兵でも、セツナは邪魔だと言ったことはないそうだ。
包みを持たせて家に帰すことも、希望があれば城仕えを続ける事も許しているのだという。
だが、彼の呼び名は悪魔。
やはりコランダムによれば、悪魔は下級の特許らしい。
馬鹿馬鹿しいし、それこそ無駄だと思う。
それでもセツナは変わらない。
猫の自分には絶対に出来ない事だから、偉いと思う。
俺にだってできないと、狼は言うけども、あんただって誰にも優しいのを私は知ってる。
言わないけど。
そうしてセツナは日々城の中をスマート&エコロジカル化している。
誰が入っても咎められることのない門。
飾りのついていない真っ白い柱。
日は当るし風も抜ける。
人数分しかない机に椅子に羽根のペン。
セツナの篭る執務室にだけは、異様というより異常な量の紙束が重なっているが、それさえも整頓済み。
あの尻尾がどこにもぶつからないのだから凄いと思う。
ていうか、完璧なんだと思う。
ものが足りなくなったり必要になったら壁にあるコルクボードにメモを刺す。
そうすると次の日にはセツナがそれをくれる。
そうでなければセツナの執務室に行けばいい。
1度だけ入った事があるけれど、あまりに積み重なる本の山に、もう2度と入りたくはないと思った。
欲しかったのは羽根ペン。
先が潰れちゃったから。
入れと言われたからそのまま入って、落ちてくるんじゃないかと思うほどの本に目がチカチカした。
1度は入ってみたいと思ってたけど、1回入ればもう十分だと本気で思った。
セツナの尻尾の陰に小さなオモチャを見たのは、そのペンを取ってくれていた時。
それなあに?
と聞いたら、
チェスだ、
と返って来た。
見てみるか?
珍しいものは大好きだ。
白と黒がまだらになっていた。
これは途中なんでしょ?
返ってきた答えはこうだ。
そうだが、相手がおらん。
あ、そうなんだ。
昔は1人で差していたのだが、差せる相手を外に出しているのでな。
ああ蝙蝠の?珍しいよね〜。いるんだってびっくりしちゃった。でも戻って来たらまたやればいいじゃん。
あれは多分もう戻らんよ。
何で?
向こうで女が出来たらしい。
へえ〜カノジョ。
間抜けなことはせんように仕込んであるから、まあ、戻って来んでも大事にはなるまい。
そんなもんなの?
無論、ほとぼりが冷めたら殺すがな。
…そうなの?
生きていられても困るだけだからな。
じゃあなんでこれ、取ってあんの?
取っておけと言われたからだ。
セツナにそんなの言うなんてすっごい奴だったのね〜。じゃ、業務室の机もそうなの?そいつのでしょ?
あああれは、わたしが勝手に置いただけだ。
何で?
……何でだろうな。
羽根ペンを貰って部屋を出た。
業務室に戻ったらコランダムが居た。
ぼんやりとコランダムの机に座って、聞いたばかりの事を話した。
あいつが戻ってこないなんてありえねぇ。
コランダムは断言した。
でもセツナはそう言ったよ。
何だと?
向こうにカノジョが出来たんだって。
それこそありえねぇ。
何であんたにそんなこと分かるのよ。
それには、コランダムは答えなかった。
珍しい。
それから、もういいや、と思った。
その蝙蝠が殺されることになっても、それはセツナがいらないと判断したからなんだろうから。
セツナは間違わないだろうから、そうしたら悪いのはその蝙蝠だ。
時間はすぐにやってきた。
まろぶように飛ぶ蝙蝠というのははじめて見る。
真昼間だからかもしれない。
セツナもコランダムもオルティガも留守だった。
取り敢えず業務室に入れておけばいいとセツナに言われたからその通りにする。
みんな出てるのよ。
あ、アタシ、ベリル。
中に入れとけって言ってたから、ここにいればいんじゃないかなあ。
客人ではないが、数年近くぶりだというから、思わず扉を引いてやる。
とことこという足音に続いて中に入った。
彼は目を見開いて、少し開いていた口が息を止めている事がわかった。
頬が少し痙攣していた。
瞬きが多かった。
引き絞られた瞳孔に、徐々に薄い膜が満ちていく。
見てはいけない。
直感。
だから部屋を出た。
扉を閉める一瞬に写った少しだけ前のめりになった背中と、
顔を覆う右のてのひら。
かすれていたけれど、
セツナ、と、聞こえた。
相変らずベリルが猫っぽくない気もしますが、
あまりに姦しい女は書けないとです。
『かごめ』というこれの前段階の文があるのですが、
殆ど出来てるのに未だに完成あたわず。
いつから書いてんだそれ。
あんたを裏切るような俺がいたら、その時は。
何だって?
殺す気だったって。
俺を?
うん。良かったね、戻ってきて。
……。
……シェイド?
…そっか。
…ごめん。余計なこと言った。
いやそうじゃなくって。
?
そっかあ、俺、殺してもらえんだ。
シェイド…?
…良かった。
ぱたぱたと音がした。猫だから耳が、異常にいいのだ。
男が泣くなんて。それも女の前で泣くなんて。
でもシェイドの顔は心底嬉しそうで、
―――その時、
コランダムが言えなかったことを理解した。