ある日突然、平成という爆弾が降ってきた
げっばっく・うえあゆ・わんすびろん・・・・・んんん・げっばっく・ひょひょ
平成爆弾・奮戦記

ももんが・と名乗った。この闇を、もう一度、飛んでみせるのだ。


二千三年一月十七日、
夜、ネームが出来た勢いでジムに行こうと車走らせ、
携帯を忘れたことに気づいたオレは十六号を戻った。
ガラーンとした夜の直線、ジムにいきたさに
普段よりスピードを出し戻っていると
フアンフアンと、後ろで赤いランプが回りだした車が追ってくる。
「そこの車、次ぎの十字路、左折して止まりなさい。」
あら、シマッタ、スピード違反だ。
「まいったなあ、九十キロくらい出していたなあ」
止まると、パトカーから若いお巡りが出てきて、
「スピード出てましたねえ、車降りて、免許書見せてください。」
オレが財布から免許書ぬいて、さっと渡すと、
意外に簡単に渡したな的なリアクションしながら、
「パトカーに乗ってください」
パトカーの後部座席に、偉そうなボス風の年輩、前にふたりの若い警官、
「いくら、出してましたか」「さー、わかんないけど」
「アンタ、メーター見ていないのかね」などとやっているうち突然、前のお巡りが
「この免許、切れているよ、平成十三年だよ」と、呆れたような声を出した。
オレは、言ってる意味が、わからなかった。
平成十三年、それがどうした。今年が平成何年なのか、
オレは西暦しか使わないので、ピンと来ないのだ。
そんなわけで、警官の声にオレも、ええっと驚きつつ、
「変だなあ」と言うしかない。その時、浮かんだのは
ひょっとして新しい免許書来たのに、
古いヤツをそのまま使っているのだろうか、的なもの。
警官は、本部に問い合わせてみるといい、無線で
調べた結果「平成十三年の誕生日まで」と、返事が来て
がああああん。
若いお巡りは、目向いて「ほんとに知らなかったのか」と
噛みつくが、「ほんとに、知らなかったんですよ」と
オレも動転しつつ、ヘラヘラ笑うしかない。
「これから、どうなるのですか」
「どうなるも、失効だから、免許取り直しだよ」
取り直し。言われた言葉がピンと来ない。
なんで取り直しなんだ。オレの頭のなかでは
野田警察に行って、何かの手続きをすれば
それで済むんじゃないか、とそんな気がしてならないのだ。
そして、半分なにか現実感の無い気持ちでオレは言った。
「取り直しって、とう゛すればいいんですか」
すると、デップリしたボス風警官が言った。
「教習所に行くか
それか、一発試験た゛な」
がああああん。警官が言った「一発試験」の「ぱ」の発音の
パンとはじけるような言い方に、何か、勝負のようなものを感じ
ウウム、とんでもないことになったな、と
免許が無くなったことの実感のようなものが、少し湧いてきた。

「もう、車乗れないから、歩いて帰るんだな」と、ボス風お巡りが言う。
「すいません、携帯忘れてきたんで、家に連絡できないんですが」
と言ったのだが、ボスは、「そんなの知らないよ」という態度。
だが、止められた場所は、人気の無い、近くになにも無いところ。
「すいませんが、電話あるところまで、乗せて行ってはもらえませんか」と
恐る恐る言うと、「タクシーじゃないんだから」と鼻で笑われる。
まったく、携帯さえ忘れなければ、と思いつつ、車を降りながら
この警官たちの、「せめて、近くの電話のある飲み屋まで」とか
乗せようとしない姿と、免許切れていたことを見つけて
釣り竿にかかった魚のように扱う態度に、むっとしながら、
パトカーのナンバーを見ていたら、ススとパトカーは前を通り、
曽田香料の道を去っていった。
へっへっへ、行ったな、とさっそく車に乗る気力は
さすがになく、頭混乱しながら
二百メートル先の先の飲み屋の前まで行った。
ここで電話かりるか、借りて家から呼ぶか、それとも
友だちに電話して二人で来て貰うか、どっちみち、携帯が無いのは痛い。
くっそおお、何なのだ。頭が混乱する。
諦めて家まで歩く。思ったより距離はなく、十五分くらいあるいて帰宅。
妻は映画のクライマックスを食い入るように見ていたが、その姿は平和そのもので、
オレはまるで川を渡った不幸の土手に立っている気分。
映画の最後まで見せてからなどという余裕もなく、事情を話し
ふたりでまた歩く。車の止まっている場所に行き、妻も
ここに一人にして置き去るのは、凄いなと言う。妻の運転で帰宅。
こうして、免許失効に気づいた夜が始まった。


何故・更新を忘れていたのだろ
「平成十三年の誕生日まで」が有効期間だが、
去年の平成十四年の四月、海外に行くので財布から免許書を
抜いて見た時、ぜんぜん気にしなかった。
もしも、西暦で書かれていたら、気づくのに、
なにしろ、平成という言葉、おれは一切使っていないし
書類に年号書くときも、一切使わないので、気づかなかったのた。

免許書の書き換えの知らせの葉書。
これを見た記憶がない。
交通安全協会に入ってないので、その葉書が来ないのか、
とにかく、そうした通知の記憶が無いのだ。

調べてみると、誕生日から半年間は、忘れていても、失効しないとある。
すなわち、去年の四月いっぱいまでに気づけば、セーフだったのだ。
だが、あれれ。
確か、去年の二月ころ、三月の大久保でのコンサート前に
野田で大酒呑んで、路上に止めた車のなかに、
夜中の三時頃チャオといたとき、パトロールの警官に質問され
免許書見せたのだ。
その時、免許書はとっくに切れていたのだ。
平成十四年になってるのに、「十三年の誕生日まで」の免許なんだから。
くっそー、何で、そんとき、期限過ぎているって警官気づかないんだよー、
「増村って、壁画の人ですか」などと、そんなことばかり言ってたな。
いっそ、こんとき、ヨッパライ運転で捕まれは、免許更新期限が危ないことが
判ったのに。
ぐぶぐぶぐぶ。


素晴らしきネット恐ろしき現実

インターネットで、免許失効を調べていたら
やっぱり、忘れて更新期限を過ぎた人たちのサイトがあった。
そして、案の定、胸騒ぎの書き込みがタラフクあった。
ずいぶん、いろんな人が、失効して、それから
仮免許試験や本試験を受けるのだが
ゼンゼン簡単じゃない。
今まで、日常で走っていた運転のクセとか、みな減点になり
ほとんどの人が、仮免許から、何度も落ちている。
ネットに書かれた情報を見ているだけで、とても一度や二度の試験で
途中停止をくらうのは、みえみえの状況としり、愕然とする。


一月十八日・土曜
朝、目覚めて、ネットであちこち見る。
とにかく、来週の原稿上げに集中。
そして、車検の件を来週。
それから、試験のヤリカタを調べること。

とにかく、仕事を上げることに、集中せよ。
午後三時半、頭はパキンパキン、でも、しょーがない。
結局夜の九時半になっても、
胃は痛く、仕事が手に着かない。

それにしても、凄い人情味の無いシステムじゃないか。
一年間、更新手続きを忘れたら、完全に、失効してしまう。
しかし、変じゃないか。
駐車違反やスピード違反の催促の葉書は何枚も来るのに、
更新を忘れている者への、通知は、一度も無い。
もしも、最初の一回、通知があったとしても、
それを忘れてしまった者へ、二度と通知は無いのだ。
あげくの果てに、半年すぎて、無免許になってしまったことにたいして
この業界用語でつけた名前が「うっかり・失効」だと。

米沢で半月勝負のコースを考え、
ネットでそうしたコースへメール出す。
十一時すぎ、妹に電話。
げらげら、笑われる。バーロ
まつたく他人は、笑うよなあ。だが、なってみたまえ。
目の前が真っ暗になるって、このことだぞお。


一月十九日日曜
アズマ自動車から、丁寧な返事が来ていた。
で、サイトの書き込み六百から千まで読む。
みんな、奮闘しているなー。
夜、頭飽和して、ぶちきれ
「ジムに行く」と宣言して、自動車運転する。
無免許である。
きのうまでとなにも変わらないのに、
犯罪者気分である。
おとといのポリ公が張っているよーな気がして
スルスルと六十キロから七十で走る。
途中、もっと遅い車が追い越しにはいり
後ろから併走状態になり、ぞっとする。
まさか、覆面パトカーか。
ダメダやっぱり、無免許運転は心臓に悪い。


一月二十日月曜、
気分はまだ晴れない。
車を車検に出す。
しかし、頭は気づくと、失効のことでいっぱい。
まるで、失恋に似ている。
しかし、腹だたしいことの正体が見えてきた。
ひとつは、通知を忘れたものが、
失効するというシステムの残酷さ。
罰金で済むはずだ。
もうひとつは、一発テストのシステム
十年乗っているドライバーが落ちるという、テストの
そうしたスタイルがヒドスギル。
つきつめると、この二点。
なんとか、「このての法規を作る」システムへ
厳重なる「変更への運動」を。
ああ、叫びたい。
「規則は・守る為だけじゃなく・変える為にあるんだあ。
苦痛をもった人や、これから味わう人の為
この規則の変更を、なんとか、運動として、広げていきたい。


一月二十一日。
一発勝負に行くか、回避して、三十万円払って
米沢でホテルに泊まっての教習所体験にスルか。
毎晩、弁慶で飲めるしなあ。しかし、さすか゛に
二日酔いの酒臭い息で、教習所に行ったら、首になるよなーと
迷いつつ、本日、電話で野田警察にして、この先の行方を尋ねると
千葉県流山免許センターにかけろとなり、そこに出た女性は親切だつたが、
やはり、一発勝負しかないとなり、
しかも、流山ではやっていなくて、千葉の幕張だかどこだかの場所だとよ。
遠いぞー。


一月二十三日木曜
教則本と試験本三冊買う。

夜、「その時歴史が動いた」で
武蔵をやっていたが。巌流島のシーンを見てムッとする。
「決闘の約束の時間に遅れてきた」武蔵は
戦いする資格無しどころか、剣を剥奪される、
それが、道路交通法だろー。
こら、警察の法律班の諸君、武蔵はどーなるのだ。
小次郎が正しい、それが道交法だろー。
改正したまえ。


二月六日・木曜
学科の問題集。けっこう難しい。

フリーの教習所ケンホクに電話したら、
入会金が二万で百分八千円とのこと。
入会金、二万は高いよなー。
二万八千円つーことは、どっちみち、一発で
合格など、させないシステムなのだろーから
五回は落ちても、まだもととれるもんなー。と
完全に一発勝負の線に傾く。


二月七日金曜
夜、十六回の試験問題、やっとこ最後までおわり。
しかし、ひっかけや、もっとキチンと覚えないと
試験で落ちまする。

夜、失効サイトに質問を書き込む。
「・」のクセが出てる文章。


二月九日日曜
夢を見た。
「発進のテストしている。クラッチかなんか壊れたヤツがあり
交換している。車は無く、ただ床に、クラッチとブレーキアクセルが
ヌッと出ている。オレは不安でいる」
くっそー。こつけな夢まで見るよーになつた。


二月十日月曜
あんまり天気いいので、家からギターと問題集もって
江戸川の鉄橋のそばで、ギター弾いて、問題集ヤル。
夜、問題集三冊とオートマ運転ガイドブック


二月十一日火曜
問題集やったら、十問くらいハズス。
6題くらいやって、みんなハズス。
脳が相当、馬鹿になり、記憶力がシャキンとしない。
明日、テストに行っても、学科で落ちる可能性アリ。
これではダメです。もすこし勉強だぜ。


二月十二日水曜
夕方、テストやるが九十点あたりで
ギリギリじゃあなー。
仮免のテストはこれより簡単とはいえ、モスコシ
脳が、シャキンとすりゃ、覚えられるのに。
明らかに、記憶力は低下している。
十二時ころ、
明日いくつもりで、一応、カバンにそろえてみたが
どうも、学科がイマイチしゃきっとしないので
あと一日、やっぺ。

どうも、判らないので、どなたか、お答え下さい。
「右左折の方向指示は、三十メートル前から」という
やけに、早い時期からの指示は、わかるとして
次ぎのような場合が、どうも納得できません。

「十字路で、信号待ちなどて停止している時
十字路の先十メートルの所を左折しようとしている場合、
信号待ちの段階から、左折指示を出す」というのは
変じゃないでしょうか。左折指示をだしながら
その信号を直進するというのは、それこそ違反のような
気がするのです。十字路を直進して、それから左折指示を
出すのが、普通のような気がしてます。
どなたか、お教え下さい。

などという悩みもアリマス


二月十四日金曜一発試験第一回
二時まで酒呑んで寝る。
バルサ時計の五時の音で起きて、
六時の電車で七時十分ころに、船橋。車中必死で読本。そこから三つ目の幕張本郷。
七時半前。茶店でコーヒー、パン買ってバス百七十円。
会場は混雑。ずいぶんいろんな人が居る。
受けつけで、「免許失効したので、仮免受けに来たんですけど」というと
免許書下さい。それをホチキスで留めた書類渡し、早口でレロレロお姉さん。
書いているうち、記載のわからないところあるので、ききにいくと
「うっかり失効です」と言ったら、急に書類ちがつたらしく、ホチキスで留めた免許書返して
最初の紙が、間違えていたらしく、再度書く。受けつけのオンナ、
「ようは、うっかりでなく、オレが違反による免許停止と勘違いしたんだな、」

で、ならんで、三千二百円の印紙。九時から学科。
女の人が説明するのだが「テスト用紙は、何度も使いますので
いたずら書きや斜線など引かないように、そういう行為、見つけ次第、退席させます」
などという高飛車な態度に、わたくし、その発言の瞬間、オンナに向かって
中指立てました。おお、後ろにも教官いたら、退席だったぜ。
そしてテストが始まった。けっこう難しい。真面目に何日間やってきて良かった。
三十分で終了、なんとか自信あり。
待っている間に、休憩所で、教官らしきヤツと生徒らしき年寄りと若者の
会話しているのが聞こえ。えんえんネチネチ教官が、怒っている姿は、感動的でさえ、ある。
いったい、どうして、あんなに、横柄になれるのだろう。
免許というものを、餌のようにして、威張っている姿は、おぞましい、人間の弱さの露呈なのだ。
千葉県警という名前が、テストの車にデカデカと書いてある。
警察と、自動車免許の世界は、どのように、関係しているのだろうか。
十一時発表、七七番合格です。しかし、呼ばれた人は外へ、と最初アナウンスされると
当たってるのかハズレテイルのか、判らない感じ。なんで、
「呼ばれる人は、合格ですから」と言えないのだい。
この辺の、横柄な態度は、「お前たちに免許を与えてやっている的な形」で、
権力を笠に着た哀れな者たちなのだのう。
で、目の検査と千百円。十二時半集合シテクダサイ。つーことで、
十二時前に、仮免のテスト・コースをノートに写す。
三コースあり。本日は3。昼から中に入れるのでコース下見、写真撮る。
クランクとえす字の不安が膨らむ。こつけな細い道、現実の世界に無いぞ。
教官が説明、コースのなかの道のスピート何キロくらいで走ればいいのかと聞くと
「それは、本人の貴方が判断しなさい」だとお。結局、オレが気にしたこの
中の道が、のちのち問題になるのだ。




一時すぎから、予約のヤツからテスト始まる。いろんなタイプ免許の車がパラパラと走る。
私は七番。予約が四人くらいいて、十二番くらになるのに、四時近かった。それまで
緊張も、いいかげんモチマセン。そして
6番の人の運転の後ろの跡に乗る。ウマイ。落ち着いている。
加速のあとのウインカー、首振り、そして坂道発進。彼はここで、サイドブレーキ引いたのか
ひかなかったよーだし、坂道降りるのもドライブのまま。
しかし、教官ノート取らず。そして、踏切、窓あけで首ふり耳。その合流から、
ドンドンいって、エス字もうまく、その後の見通しの悪い道での
減速、首振り、そしてクランクから、グルーっとやってお仕舞い。最後の停止位置ズレくらいの見事さ。
思わず、合格の彼に親指。本人は相当自信があり、落ち着いていた。

ジャーン、いよいよ、私の出番る

ドアを閉め、イスを動かし、「ミラー」いじらず、シマッタ、で、アレレと見ると
運転席の左脇にあるはずのサイドブレーキが無い。
どういうことですか。と焦っていると、
「ハンドルのわきにあるものを引くと、サイドブレーキはハズレル」と言う。
相当、面食らう。「そんじゃあ、サイドブレーキ引くには、どうするのか」
試験官は、まったく説明しないから、こちらは混乱する。
そして引いた場所を「押せばいいのか」と考えるだろう、普通。
こうして、一瞬にして悶々と混乱していると、
、試験官、すかさず「さー行ってみよう」。
とにかく、ウインカー出して、回り見て、エンジンかけて、
サイドはずして、しゅっぱつ。

二十メートルで本線に合流、で、始まり始まり。ここは四十キロで。
ハイちゃんと、出して、十九番左、ハイ。左へのウインカー、左よって坂道
。さあ、途中で止まって
「サイドブレーキ、どこですか」的状態のまま、そうだ、サイドブレーキかけなきゃと
「ハずシタ場所Pを、押して」、
それから引っ張って
坂道発進。
で頂上でセカンドに変速して、坂を下り、踏切でギアをドライブに戻し、
窓開けて、耳たしかめして、右折して本道と合流、真ん中から右折の瞬間信号が黄、
あらら、と短いままで左折、その瞬間、車がフレル、曲がり角でアクセルふんだから。
思わず「アチャー」と言う声が出る私。で、そのあと、直進して、左折して
それからエス字。なんとかクリアするが、目が回る。
で、このエスをクリアできたので、ほっとして、左折後の横断歩道のある道で
「減速」と、「首振り」の見通しの悪い交差点、ここですなー。ここをホイホイと走ってしまったらしい。
心の中いっぱいの緊張のなかで、
ハヤク終わりたい、という気持ちが、何か、急がせているのだ。

そして、突き当たりを右に行って、すぐまた右折、ここのあとのクランク、
だが、路肩の石に前輪右がひっかかりそうになったので、止まってバック。
そして、なんとか出て、あとはグルーっと回って、ウインカーだし左のマークに止まって、ふう。
でもサイドブレーキ、引くために、またピーマークを押しているが
変だ、くそー、サイドはどこですか。
すると、試験官、しびれを切らし声を強めて
「足だょ、下のブレーキの左」
ええ、そんな所にあるのかよー。

で、教官の指摘は、「まず、信号での左折のあとのフレタやつ、
まあ、あれはしょうがない。でもね。
「クランク、そして、エス字の入り際、タイヤが右にフレル、あれはイカン。」とのこと。
道路から左に入る瞬間、一瞬大きく回ろうとして、タイヤが右に向く、
そうしたクセを見逃さない。しかし、現実を走ってきた人なら誰でも
やってしまうタイヤの動き、これこそが、減点にされてしまうのだ。
「でさ、まあ結果はね、どっちつかずのところなんだけどさ。答え方によってはなんだけどさ」
おお、そういう言い方するのかー。「答え方によっては」という奥歯に物の挟まった言い方
この人たちの、最高に楽しい瞬間なんだろうなあ。
その瞬間「なんだ、この親父、みかけは、まともそうな、意地悪そうなヤツには見えなかったけど
、けっきょく、これかい」と、ガックリしつつ、腹の奥底でムッとしてくる。
ようは、ここで、オレが、卑屈に小さくなって、免許欲しさに
この男に哀願スルのを、見たいのだ。
そして、試験官は言った。
「、聞きたいだけどさ、エス字のあとの、直進における徐行と首振り。ここどうしたの、
それやんないで、さーっと行ったじゃない。あれ、どうしたの」
あそこは、エスジが終わった緊張からの解放で、安心してしまいスピートが出ているのだ。
で、たぶん多くのテスト生が、おんなじように、ホッとしてスーッと飛ばしてしまう箇所なのだ。
そして交差点など、首振りすらしなかった可能性があり、横断歩道だつて、減速首ふりしなかった。
確かに、アソコはダメだったのだ。でも何て答えても、たぶんこの親父ダメだすはずだ。
そして、居直ったもんね。ワタシ。
「いやあ、優先道路だと思って」
すると、教官「返事しだいでは、なんとかなったが、今の答えではダメな」だと。
けっ。なんて嫌味な。そして言ったセリフが凄い。
「ここの気配りの無さをやるから、そんな走り方をするからさ、
違反で失効したりするんだよ。」
ときたもんだ。
スピード違反か、何か悪質な違反で失効したと、決めてかかっている態度。
失礼な。「うっかり失効ですよ」と答えると、敵もサルモノだから
「どうして、それに気づいたの」おおかた、違反でばれたんだろー、というニュアンス。
この教官の「どっちにしよーかなあ」的に、結果も言わずグダグダと引っ張るこの瞬間
それが、この者たちの生き甲斐なのだろう。タマリマセンなー。
ムッとしつつ、第一回戦、敗退。

この車は、初めてで、非常にタイプが違う。これで、本番の路上走る方が
ずいぶん危険だと思うぞ。慣れるしか無い。
スピートが出る。車が「軽い感じ」
。どうしても「アクセルを踏み過ぎ」だな。
スピートをモット押さえ、ほんとに馬鹿らしくなる位、首振りの交差点注意。
そして、あの車の走る気配をなんとか、自分のものにしましよう。
つーことで、仮免次ぎも、落ちていいから、
あの車の気配を、とらえ、もっとゆっくりと、テストしようぜい。


二月十五日土曜
路上を走れば無免許だが、駐車場のなかは、法規の外だ。
夕方、ジャスコの駐車場で、右左折クランクの練習。
ウインカーに路肩が重なった瞬間、クルっと回すと、いける
確か、かつての教習所の教官、教えた言葉だった気がする。


二月十七日月曜
ジャスコで、クランク練習。ミラーと重なったら曲がる、
だが、これも、ちょっとタイミングずれると、路肩に乗る。
やっぱり、難しいなあ。
あの日から丁度、一ヶ月。予定より
進行は遅いが、急がば回れ。自信つけて行こう。


二月二十五日火曜
夕方、そばの駐車場のなかで、クランクの練習。
なかなか感じつかめないけど。


二月二十六日水曜
明日である。
胃が痛くなる。プレッシャーじゃのう。
まあ、リラックスして、のんびりヤリマショウ。


二月二十七日・木曜第2弾仮免2度目

朝起きて、よーし、と気合い入れてるとテレビの星占い。
オレの天秤座、本日最悪などとでる。くっそー、なんて無神経な
いい加減な占いめ、むかつく。
そのうえ、ホームページがウイルス感染との知らせのメール。
だが、行くべしと、妻に送られ駅。十時の電車。
つくと、十二時ちかく。今日は二番コース。さっそく、現場のコース下見。
こうして、一時に、四千四百円の印紙はって、出番は二番目。
オートマの仮免テストの始まりは二時くらいからだった。
前回の試験官と同じ。で後ろに乗る。
若い男子、クランクでまがりきれず。エスで石に乗り上げ中止、途中で戻り。
その緊張が、こっちにも伝わる。でも、サイドブレーキの位置だって知ってるもんなー。
こうして、二番、行きます。
車がブンブンはしるのを知っていたし、二度目は、微妙に緊張のパワーも落ち
、坂道でサイドブレーキしっかり脚でやり、下り坂ギアをセカンドに落とさず、踏切。
それから直進。十一番の交差点。すぐの信号一時停止。左折して、まずクランク。
おおおお、前回と違ってバッチリ。そこから信号。ここで赤に変わり
呼吸をしずめて、右折、直進、そしてエスジ。よーし。ここから
見通しの悪い交差点、じっくり減速前回はココで確認をしないで
落とされたのだ。しっかり確認して、どうだあああ。
そして次ぎの直線道路の交差点は、こっちが優先道路なのに減速シ首振り、
どわわわわと走って、ゴール。「はい、最後まで、やって」と試験の続行。
ハイ。出て。よおおおおおおおし。
やったね。すると試験官いわく。
「あのさ、片道二車線の道でも減速、あれは、普通やんないよね」
「ああ、前回、スピード出しすぎたったんで」
「普段、走っていたんだから、ハヤク戻れるといいね」「アリガトオゴザイマス」
やったね。ほほほほほ。
仮免、十人以上受けて、四人。合格。
合格のおっさん二人と3人で話す。無免許で走っているらしい。
ああああ、やったやった。
四時すぎ、仮免免許書もらって解散。
夕陽の美しい、東武線。ああああああ、勝利と解放の快楽。
やっと、半分だい。


仮免がきたので、同乗者に免許歴三年以上の人
オレの場合、奥方様を乗せれば
そして、仮免練習中のボードを車の前後に張れば
路上を走れる。
本試験を受ける為には、最低五日間、一回2時間以上
こうした運転をして、書類にそれを記録したものを用意しなしと
本試験は受けられない。


三月一日・土曜・仮免運転練習中。
運転サイトで1から四百まで、再度検索。
本試験の路上、仮免よりはマシだが
楽な訳ではない。


三月四日火曜・仮免運転練習中
今日で練習五日目なのでソロソロ本試験準備モード。
午後いちで、本屋の駐車場。後方バック練習。
なかなか、いいよーで、やはり微妙。
そのあと、あちこちはしって、ケンホクや野田教習の
車のあとをおうが、当然、それらはヘタだのう。
夜も、ずっと試験勉強するが
新しい問題やったら、8割程度、自信なくす。
脳は、同じ問題を忘れ、細かい差が
覚えられず、サウナ、バタフライのあと
帰って、またやるがダンダン、こりゃあ
明日テストで落ちるかなー状態のまま
朝四時風呂入って
起きられたらいくべ、と寝る。


運転サイトへの設問

路上試験に挑むのですが、路上での走行スピードは
試験官に、指示されるのでしょうか。
それとも、こちらが判断するのでしょうか。
通りを曲がると、制限速度が変わっていて
減速しないで落ちた、という書き込みもありますが
こうした変化、一度もその現場を走らない者には
どう対処すべきか、悩みます。
どなたか、お答え、お願いします。

それと、千葉幕張の試験を受けた方の書き込みのなかに
路側帯についての情報がありました。
「幕張の路上コースでは、路側帯が大きくとってある場所があるので
その線に沿って走り、左折などをすると
左開けすぎの右側走行と、とられ、減点されます。」
それで、この対処法は、路側帯に入って走る
ということでしたが、すでに幕張のコースを
突破された方、あるいは、同じような体験をした方、
キープレフトを優先して、路側帯に侵入して走る、
ということでイイのでしょうか。
サムバデ・ヘルプ・ミイで御座る。


三月五日水曜
朝五時には起きられず、朝の九時。ヨシ、
幕張本郷まで路上コースの視察に行くべと
妻を乗せ、「仮免許練習中」のボール紙ハッテ出発。
途中で、現場の地図を買う。
十六号混んでいて、十時に出たのに、十二時四十分ころ
免許センターに着く。駐車場は大きくて無料たくさんの車がとまってるがしかし
仮免練習中などと張って、敵地探索にきた車、他になし。

テストの待合い室にいったが、この前のふたり、居ない。
学科で落ちたのだろうか。地図を持っていた人に
地図見せてくれという勇気がなく、まあ、あのへんかと睨んだ場所に走る。
三車線片側のでかい道路に呆れ、
それから、幕張副都心のような、妙な場所にイヤな感じ。
だが、他のあたり走っても、別にたいしたことは無く、けっきょく
待っていた場所に、試験車はこなかった。
この現地観察は、一応の不安を消す意味で無駄ではない。


三つの路上コース

コース・その1
路上出口を、センターの建物を背に、左折。片側二車線。
二つ目の信号を、Uターン。センター前を通り、陸橋を登り
下って、最初の信号を右折。ここまで・速度五十キロ
さて、右折して、人通りのほとんど無い道、ここは・たぶん四十キロ
で、最初の信号を左折。橋渡って・すぐの信号直進。
そして次ぎの交差点・信号。ここを右折。しばらく行って、
左に止まる。
そして、ここから、自由選択。

私の場合は、直進して、すぐのT字路を右折。
そこからの道、時速三十キロ制限。ダラダラと走る。
道の左に小さい川。この道を行くと、信号があり
それを直進して、次ぎの信号で大きな道と交差。
ここを左折すれば、あとは陸橋、そしてセンター。

この場合、帰ってやるのは、縦列駐車。

このコースの難問は、出て、二つ目の信号をユーターン。
その為に、追い越し車線に移動するタイミング。
そして、陸橋を越えて、坂を下りてスク右折の、この2カ所。
五十キロ制限だが、五十キロギリギリ出していれば
追い越し車線に、入れる時期に、入った方がいい。
何故なら、私も苦労したが、追い越し車線は六十・七十で来る車の為
それらが、ブレーキ踏むと、減点くらうのじゃぞ。


コースその2

左折して、路上に出て、最初の信号を左折
ドーッと走って、「関東自動車道」の下の信号も直進。そしてまだ、とー゛っと走り
千葉街道の大きな信号を左折。そして、百メートルくらにある最初の信号を左折。
その道は、「コース・その1」の、ノロノロ三十キロの道。
ここを走って、すぐを右折。狭い道。
左に公園あり。この公園の途中で停止。そこから自由選択。


帰ってやるのは、「右後方変換」。

このコースは、コース1と比較すれば、メチャクチャ楽。
難問はアリマセン。ここが一発目に来たら、楽勝だったぞい。


コースその3
左折して路上に出て、わりとすぐにある最初の信号を右折。
大きな道をどんどん走り、2個目の信号を左折。
ドッシェーというくらい広い車線・海浜大通りを、どわわわわわと走り
マリンスタジアムを過ぎ、やがて最初の信号を左折。まっすぐ走り
次ぎの大きな交差点を左折してメッセ大通り、スグ左に止まり、そこから自由選択。

私が選択したのは、直進して三つ目の信号で右折。
すると、来るとき走った道。それを直進し最初の信号を直進。
左には免許センター。この建物を一周する感じで、
東関東自動車道の下を左折。
すぐに、左に大きな道。そこをビローンと走り、陸橋の下。
ここを左折して、細い道。やがて、信号で大きな道と合流。

帰ってヤルノは、左後方変換です。

このコースは、最初の信号で右折するので、
進路変更のタイミングが早く来る。あとは、広い道を走っていたので
広さに驚くくらいかなあ。


三月七日金曜第3弾本試験学科路上

昨夜から雨。しかし行くべしと、六時二十分歩いて駅についたら
電車行くところ。次ぎのが六時五十三分。
野田で停車して七時六分。ソシテ船橋着いたら八時まわってる。
バスに乗ってみると渋滞。八時四十分を回って、やっとこ着く。
走って、窓口。本試験のヤツというと「紙あったでしょう。」
係の女、もういい加減。で、印紙買って六番に行く。九時で締め切り
ギリギリせーぷ。九時すぎ学科テストの説明。そして始まる。迷った問題は
「大型免許もっていると、回送の大型バス運転できる」。
だいたいよお、オレ、大型免許なんか取るテスト受けに来てるんじゃ
ないんだよなー、まったく。大型バスなんか、動かすわけねーべよ。
だがもっとイヤだったのは、三問枠で、一問でもはずすと2点フイになるヤツが
2個も、どーも不安。ギリギリ九十点かなあ的で、ハラハラ。
発表で、九六番の私は呼ばれたが、前のお爺さん失格。
こうして、十二時に試験場に設置してある縦列駐車とか
、後方変換の箇所、雨の中、傘さして見る。
そして、四十分に説明されて、テストコースの地図渡される。
だがこのまえ車でサグリを入れて走った箇所ではなく、別の地帯だった。
試験官は、爺さん。で、オートマは三名だが、私が一番目、おおまいごっと。
コースを走り、最後に何ヤルかは、地図の裏にあり、みんな違っていた。
私は、縦列。隣りは左後方バック、もひとりの女は右後方。
で、私からスタート。
車の種類がセドリックとかで、仮免と違う。
サイドブレーキの外すとこだけサイドについてるが、やっぱり足でかけるやつ。
準備したらイイゾと言われ、
「あれ」とアクセルふんでも、ウンともすんとも言わず、爺さんが言った。
「ギアがパーキングのままダヨ」。
そのトタン、爺、機嫌パッと変えて
「あんた、ここで仮免とつたんだろう。何やってんだよ」と、声を上げる。
早くも減点である。くそう、そんな挑発に乗らないわよと、右折してコースを直進、
右折して、まず、出口前のポールで止まる。
そこでオッサン、説明。「ここでたら二つ目の信号をユウターンして、戻ってきて
坂上がり、降りて最初の信号右折」。
ユーターン。凄いなあ。オレ今まで二十四年間車走らせて
四車線の道でブンブン走るなかで、ユーターンなんて、したこと無いぜ。
よーし、いくべとなり、まず路上に出る前の歩道の所で、いったん停止。
それから2車線の大通りを左折して、走ると、まず止まっていたバスが出るところ。
バスのうしろについて信号待ち。
そして発進、次ぎの信号を前に右車線に寄り、そして信号で
右折の位置に入りながら、ユータウン。すると歩道のところで赤信号に変わるが
越えて、戻りながら、立体交差の大きな坂を。この道は片側二車線で五十キロの道。
前に原付のじーさんのバイクがトロトロと四十キロで走っている。
しかも車線のまんなか寄りでちっとも左に寄らないのだ。
追い越し車線は七十キロの飛ばす車がブンブン。この状態で原付を抜く気合いが入らず、
安全運転とばかり車間おいて、左車線四十でいたら、爺試験官が突然
「おい、メーター、見てるのか、何キロではしってんだ」と怒鳴る。
しかし、変じゃないか。テストなんだから、黙って見て減点すればイイじゃないか。
それなのに、怒鳴るのは凄いなあ、これじゃ、喧嘩売ってるもんなー。
オレ、こんな風に怒鳴られたという記憶、最近無いんじゃないかい。
当然ムカっときて、追い越し車線にウインカー出して入り、そのまま、坂を下って行ったのだが、
この立体交差の大きな坂は、登りも下りもカーブしているので、普通に走っていても難しいし、
坂を下りた場所にすぐ交差点がありそこを右折だから、相当難しいのだ。まわりの車は
七十キロでブンブン走ってるのに、五十キロのスピードで車線変更する、つーのは難易度がある。
こうして右折車線に入り、右折。
たぶん、ここで、すーっとスピードダウンのはずだ。四十キロの道なのだが
標識なんか見る余裕ない。でも三十キロ台で走ったのだ。
で、次ぎの信号待ち。これが長い。がらんとした道を左折、次ぎの信号の十字路を右折、
まーっすぐ行って、電柱で止まり、そこから、自力コース。
地図を見て、自分で帰り道を決めて、試験官に地図で示すのた゛。で出発。
T字路を右折、道なり、ここがダラララランとしている。
すると爺さん、急にさっきの声とは違うソフトな声で
「ほら、左の木々に隠れて見えないが、ホラもあそこに標識があるでしょう」
さっきの怒鳴り声から、大きく振幅を変えての優しい声に、老人性情緒不安定みたいな
姿をさらけだされ、寒気がしつつも、この爺のなすがままにスルしかない。
標識は三十キロ。とろとろと走る。このへんから、すっかりオレも余裕が出来た。
雨で水たまりが大きく出来ている道を真ん中あたり走って
、その先の信号左折、あとは、まっすぐさっきの坂登り、
五十キロギリギリ出して降りて、センターへ。
「どーれ、いよいよ縦列か」と思っていたら、
「はい、残念ですがここまで」。ガアアアン。
途中中止である。
こうして、ポールに着いて、爺が言った。
「緊張シスギだよ、」
コノヤロー、殺すぞ。最初から二度も声を荒立てていて
緊張させたのは、お前じゃないか。

「あの坂で原付バイク、さっさと抜くでしょう、ふだんなら」
「それとね。右折、左折、もっと小さく、仮免のときは、もっとキチンとやったでしょう」はあ。
「他には」「他には、ないよ」。
完全な難癖である。
ふーん。まあ確かに緊張はしていたが、そんなの、するのがアタリマエじゃん。
ユーターンなんて、したことないぜ。
出てすぐの、あの片側2車線には、まいるだろーて。
「緊張していたけど、後半は良くなった」だと。
このやろ、縦列一度、やーらせろよなー。
まあ、どうみても「一度、じゃ、通さない」的な、大した爺さんでござーます。
ほほほ。負けませんぞ。
断固、この爺の難関を、冷静にクールに、越えましょう。
あと、三回の覚悟して。

で、一番で落ちて、予約の所へいったら、仮免が無い。探しても見つからない。
あの爺試験官が渡さなかったのだ。
そして、もどって、しばらくしていると、私の車両の後ろの席に乗っていた三十くらいの
メガネの痩せた男が、帰還。おっ、さっと出て、書類持っていない。合格じゃん。
と見ていたら、助手席の窓のところ、これって合格のバージョンのはずなのに
爺、ウダウダ言って、なんと紙を彼に渡している。あら、落ちた。
そこに、すいません、仮免の免許書、さっき貰ってないんですが。
「なにいってんの、渡したよ」といいながら、爺も一度座席を調べたりして。
「無い無い、落としたりしたか、カバンの中か、キチンと探してみなよ」
「もし、無くしたら、どうすれば」「再発行だな」。うー、と待合室に戻り
書類を調べ、カバンを調べ、財布を調べたら、入っていた。
いつ、入れたんだ。記憶に無い。落ちた屈辱で記憶が
吹っ飛んだのだ。

それにしても、もっと丁寧に、走れ、
右折・左折。焦らず、小さく、。
そして、なにより、スピート゛注意。
後ろに乗っていた彼が「三度はオーバーしていましたよ。
あれって見つかると、一発で中止ですよ」。
そーか、爺め、スピードも減点してたなー。

まあ、いいや。今日は、学科、通っただけで。ありがたや。です。
次ぎは、と予約の窓口に行けば
来週の金曜だとよ。ダラダラさせて、タマリマセンなー。


三月八日土曜・路上運転・視察第2弾
どうも、「試験中止にされた」ほどの酷い走りをしたとは
思わず、右左折をもっとキチンとといわれてもなー。
ヨロシイ、こーなったら、あのコースをリサーチとばかり、
幕張まで、8号線だかなんだか走り、海岸ぞいに
幕張メッセ方面から、免許センター。本日は休み、
さて、と、左折し、2つ目の信号でユーターン
二車線にはバスが止まり、ワンワンと走る追い越し車線を
五十キロで走りながらのあの坂の上り下り、そして降りて
右折。そこから四十キロ。で信号を左折そして、と走る。
なるほど、と戻ると。後ろに似たような走りをする車。
2度目の走りすると、付いてくる。やっぱり考えることは、同じ。
同じように走り、戻ってきた。マタ走ると、マタついてくる。
そこでこちらは直線を行き、それからまた戻る。こうして、グルグル。
やはり、次ぎは丁寧に、スピードオーバー注意。
まっ、あと三回くらい、落ちてもイイという余裕で、リラアアックスだぜ。


三月十二日
本屋の駐車場で、右折左折バック。
右ばっく・左ばっく。ヨークマートで。
縦列は路上で止まってる車のわきに。


三月十四日・金曜第4回・本免路上二回目
二時くらいに寝たが四時過ぎめざめ、子供ふたりもおきているなか
六時三十五分の電車。センター着八時半。
で、三千四百円の印紙買って、五十分に並ぶ。
九時すぎ、区域の地図渡される。前回と同じコース。
五人オートマ。五番目。試験官は、この前のと違う。

二十分から、女の子から始まり、次々合格。
今日のは、甘い。つーか、前回のが異常。
で、4番目の叔母さんのうしろに乗る。
この人のコース、出て、左折、また左折、また左折。
そして、私のコースの住宅街。
なんと、車線変更が一度もない。
普通なら、車線変更なんてなんて゛もない。
ところが、テストの場合、制限スピート以内ではしりながら
追い越し車線を六十七十のスピートで走っているところに
入るから、問題なのだ。こっちも六十や七十出していれば
スッと簡単に入れるが、遅いスピートで入る。
当然、迷惑でブレーキ踏まれるような合流になりがちなのだ。
しかも、ウインカーで変更の合図を出してから「後方確認のため
後ろに首降って三秒後」に、車線の変更するのが、基本なのだ。
こうした、現実の場所では迷惑極まりない走りを
二回もやらされた前回と今回のオレのコースから見たら
一度も、この手の進路変更の無いコースは、らくちんの極みなのだ。
さて、叔母さんの走り方、丁寧ではなく、停車の車の脇
けっこうギリギリを減速しないで行く。
「思わず、オレが教官なら、路上の段階で終わりだな」
つーくらい。なにしろスピードも、ゼンゼンでていない。
あのオレが怒鳴られた五十キロの坂を前に車がいないのに四十二キロくらいで。
で、バックして、合格。へー。
その瞬間、オレの頭の中で、不満がワンワンと起こる。
「なんだよ、コースはめちゃめちゃ簡単だし、しかも
走り方だって、前回の爺試験官なら、絶対怒鳴る運転なのに
合格かよー」的な、不満。
その叔母さん乗せて、前回と同じコース。
2つ目の信号に行く前に、車線変更。
ユーターンして、坂道で、車線変更してから、この教官
「次ぎの信号・右折ね」とくる。
そして、ずーっと前回同様走り、無事帰還。
そして「縦列駐車」

その場所の前を行き、止まって
左確認して、するすると下がる、
ハンドル切る。
あれ。深く切りすぎた。変だなあ。
自分ではそんな位置まで入っていないと思ったのに
ミラー見てギョ。考えてみれば、
この車でバックをするのは初めて。オレの車と
バックのペタ゜ルの感覚が違うのだ。
ふんでも、まだそんな位置に行っていないはずなのに
この車、スッと動いていたから、そんな差に気づかなかったから
アセッタのだ。
ヤバイ、と、戻す時、
ウインカー出さない。
そして、バックする前に後方安全確認、していない
で、スルスルと少し前に出て、頭が混乱しているなか
もう一度、切って行ったが、やっぱり、路肩ギリギリ。
くー、まずいなー。ともう一度少し前に。すでにここで減点。
そして、後ろに下がるのだが、後部座席の女の人が気つかって
座席にバタンふせるのが、これまた焦りをさそう。そして、
後ろをみても、あの限界の黄色い棒が、ぶつかりそうでたまらない。
思ったより、後ろが無いのでアセル。そして、
下がれずに、まあイイベと止まった。ハイ、と言って、
いざ、そこから右に切って、出ようとしたが、でられない。
「あーあ」とオレが言って、一度切り直した瞬間、
「はい、減点がオーバーしました」。

おほほほほ、縦列駐車で憤死。
五人うけて、縦列は二人、残りは違っていた。
そしてなにより、コースによって、ずいぶん、違う。
試験官が後で言った言葉。
進路変更の時、うしろのタクシーがブレーキふんでいた。
急に進路変更するから、タクシーがヨレていた。だと。

そんなこというのなら、合格した叔母さんも、同じ進路変更シテミロヨと
いいたくなるが、まあとにかく
進路変更は、後ろの車線の車の動きを確認して、ということになる。
最初の信号の時など、どうしても、短いところで変更しなきゃなんないのに。
で、あとは、縦列ボロボロ。文句云えません。
焦りました。深く、あわてて入りました。
で、そこで、ミスった時、ゆっくり、安全確認して、
ウインカーを右に出し
戻るという行為をシナケレバなりません。

目視で、後方の安全確認。

これを、まず。最初のターンの段階からシナケレバならなかったのだ。
で、バックして、車間距離が判らず、
めちゃくちゃ焦った。ここも直すこと。

とまあ、苦手なものが当たったのだから、私が落ちたのは、しょうがない。
ずいぶん、甘い教官だったが、惜しいことをした。
次ぎは、十日後からしか予約できず、二十七日木曜、ということです。
でもさー。一回目って、ありゃあ、とんでもない爺のせいで
やってないも同然なのだから、次ぎが二回目つー気持ちだね。
それにしても、やけに苦手なコースばかりじゃあないかい。
前の叔母さんと、オレ代わってたら、あっちが落ちたぞ。たぶん。
まあ、あと、三回くらい、覚悟だな。
この状態では。本番が練習つー感じ。

それにしても、五人受けて、落ちたのはオレ一人。
泣けます。ずいぶん甘い試験官だったのに。
合格して待っている四人が、コッチを見て、気の毒そうにしていたのは
タマリマセン。メチヤメチャ屈辱。前回の糞爺試験官が
最低のヤツならば、今回の試験官は、仏のような人だつたのに
惜しいことをしたああああ。


次ぎの予定、なんと十日後の二十四日からだと。
締め切りにあたりそうなので、二十七日にする。


何日も何日も

あれから、何度、縦列駐車のことを考え
もんもんと後悔し、うつうつと屈辱の気持ちがわく。
クッソオオオオオ、情けないいいい。


三月二十六日水曜・仕事あがって
夕方、ジャスコの屋上で、縦列駐車の練習。やはり難しい。
右後方変換もちょこっとヤル。六時近く家に帰る
しかし、どうも自信が無い。あと一日かけて、練習したい気分で
夜、十時ころ、外で練習したくなりつつ、
まあ、あと一回は落ちることを覚悟しよー、とおもいつつ、一時半寝る。


三月二十七日木曜本免3回目
五時半にバルサ時計で起床。六時二十分の電車。
眠い。船橋で本買って、ゼンゼン迷わずにホームに上がっていく自分。
くー、五回目だもんなー。バスに乗り、いつものコンビニで
お茶とコーヒー。で、八時半の受けつけ。初めての日に居た若い男子がマダ居た。
そして初めての日に仮免合格していたお爺さん紳士が居た。
私は時間を遅らせて、一番目が嫌だったので、四十五分ころ受けつけしたら
前回同様、五番目だった。
待合室に行く。試験官が来て、「アラ、前回の、仏のような人」と
思っていたら、どうも似た顔の別な試験官だつた。
私に渡された地図。三番コース。どうやらスタジアム方面。
で、裏に書かれていたのは「右後方変換」。
ああ、縦列じゃなかった。しかし、右後方って、どっちからなのか、よくワカランので
同じ3コースのお姉さんに聞く。すると右から左バックするやつ。
ううむ、オレが普段やってる左後方変換ではなかったのかああ。
しかし、縦列よりはマシ。
前回二度当たったコースは、四番コース。これは縦列と、あの坂往復。
で、前回オバチャンが当たった五番コース、これが一番、難易度の無いやつ。
左折左折で一度も二車線の右折がなく、しかも、オレの得意の左後方変換。
さて、悩んだのは、スタジアムからどうやって帰るのか。
地図を見て、自分で選択してセンターまでの帰還コースを作るのだが、
一つ目の信号を右折するとここは走ったことのあるストッパーの何個もついた道。
でそこの先の信号を左折し、真っすぐ走り、センターの前の信号をユーターンして、というコース。
しかし、これだとセンター前の通りの追い越しにすぐにはいるのとか、
あの坂から降りてくる車を相手のユーターンもやったことない。
ううむ。たぶん、みんながやっているのは
スタジアムからまっすぐに行き、二つ目の信号を右折。
あとはまっすぐに走り、最初の信号も直進して、センターの脇を走り最初の十字路を左折
で、すぐに左折、そしてセンターをまわるようにして戻るもの。
このコースは、一度も、下見走りしなかったが、たぶん
みんながヤルのはコレだろう。
ううむ、どうする。一度走ったコースを、難易度高いけどユータンつきでヤルか。
迷いつつ、弱気を出すなとユーターンコースに一応決めるが、迷っている。
で、オートマは五人。普通が3人。一番目の最初に会った子は
落ちていた。3番目は、オレが質問した女の人。四番目が
らくちんの第五コースで、お爺さん紳士。私はその後ろに乗る。
お爺さん、走る前に試験官に曰く。
「ワタシ、ボルボに乗っているので、ついているスイッチ反対なので
間違うことありますが、よろしく」。
おお、そーいうこと言うの、逆効果じゃないのかなー。しかもシートベルト
していないまま、発進。そして一旦停止して出発の時、ウインカー無し。
道路に出る時も、直進車きているのに出て、そして左折。するとすぐ右の
追い越し車線にはいって、制限速度の五十を越えてブンブン。途中で信号に止まり
シートベルトをつけていなかったことに気づき、ソーッと付けると、試験官が
イマコロ気づいたのか的なことをポロッと言う。もしも最初の
あのジジイ試験官だったら、ドナッテイタナ。
そして、次ぎの信号を左折し、と、この方、スピードの出しすぎと
ぎこちなさで、たぶんダメだな、と思っていたら、案の定、センター中に入って、はい中止。

ううむ、落ちたか。当然だな。しかし、やはり、前の人が落ちれば落ちたで
プレッシャーは来る。で、次ぎ、いよいよワタシ。
車に乗ると、後ろに乗る人探しに試験官出ていく。
その間に、車のギアのあたりを、なぜて
「よろしく頼むよ」と車の魂に念じる。さーいきましようか。
つーことで出発。出口の前で、一旦停止。はいここから試験開始。
で最初の信号を右折、といわれつつ、通りに出ようとすると
次々へんに車間距離ありながらブンブンと右から走ってくるので
左折がなかなかできない。でやっとこ出て、すぐに右折車線に入り
信号待ち。初めての道を五十キロで行くと前に、同じ試験の車。
そいつがビビリはしりしている。
それに車間距離置いて、二つ目の信号左折。ここから五十。
でしばらくはしって左折、こんとき、速度表示表を
見落として、何キロだか判らず、飛ばすよりは
遅くと三十台で走ると、試験官サラサラと何か書いてる。
アウアウ。そしてまた左折で止まる。
はい、コース教えて下さい。
「まっすぐ行って、二つ目の信号、右折、あとはまっすぐ
そしてセンターの先を左折し、すぐ左折しと、弱きな安全コースにして
走ったことない道を選択。
では出発。がらんとした道、ついてると早めに車線変更して
信号で止まる。右折して、左に停止トラックいるのでなかの車線に入り
また左車線に寄って、信号待ち。つぎの信号直進しいよいよ左折。

すぐに左折すると広い道にたくさんの車が止まっていた。ここの
標識見落としで、何キロか判らす三十で走る。
するとなにかまた書かれてる。アウ。
そして陸橋の下の道と交差、一時停止。ふう、と休んで左折して
それから信号。止まって、大通りと合流してすぐに、帰還。
はい十一番を右折、よおおおおし。
スグに左折しそして、左折。そして右後方変換。
はいるところの前をゆっくり通って、止まり、窓を開ける。
左右の後ろを、首降って、安全確認してから、左方向にバック。
ちょっと入るのを躊躇したかな、という感じで右の幅が、けっこう開き
左の部分が狭い感じだが、まだ余裕ありそうなので
そのまま、後ろを見ながら、バック。そして後ろにぶら下がった
鉄棒。これに当たったら一発中止だが、これに寄らないと
出るときに前の道が狭い。つーんで、けっこうバックして
よし。と、左にウインカーだし、無事、抜け出す。
イエエエエエエ。そして戻る。ふう。すると最後までやってね。
と言われ、おお、窓閉めていないと、もう一度、エンジン入れて
窓シメテ、出る。そして反対側にいくと、
「あのね。片手運転なんか、しちゃあダメだよ。」
「はっ」、知らなかった。
「はい、じゃあ、あとで、待っててね。」と免許書だけ渡される。

おお、ホントか。これで終わったのか。
なんだか、まだ、終わっていないような、妙な気分。
ふう。オートマ五人受けて、3人合格。
ふう。終わった。ふう。だが、まだナントカ講習は残っている。

十一時半、合格五名。別室で書類渡され、みんな仮免の免許書持っているのに
オレは、あんとき、もらっていないと、試験官に言うと
チャンと渡したよ。と言われ、ポケット触ると入っていた。
なんてことだ。記憶に無いのだ。
合格の瞬間、気持ちが飛んでいたのだ。

はー。よかったよかった。
で、まだナントカ講習つーのが残っている。
これを受けないと、免許は来ないのだ。
で、千葉県の教習所一覧表。幕張本郷駅の茶店から
予約の電話かけると、「、今は混んでいて、四月イッパイは、ダメ」とか
「四月二十三日以降」とか、信じられないお言葉。

まあイイヤと、電車に乗り、カリを聞く。
あああああああ。

やったぞ。弾む音。電車のなかで
透明なオレが踊っている。
やったぞ。CDをかえて
ストーンズかければ、柏のビルのうえで
ミックジャガーが、ぶらうんしゅがあ歌ってらあ。

わはははははははははははは。


失効サイトへのお礼文

やっとこ、本免クリアしました。仮免二回、本免三回。
このサイトがなければ、いったいどうなっていたか
大竹さま、本当に、感謝でございます。そして
質問に答えてくれた方々、ありがとうございます。
そして、ここに書かれているたくさんの情報が、
ほんとうに励みになりました。
五回の体験で、思ったことは、
試験官も、人の子ですから、鬼のような人もいるし
仏のような人も居ます。そうした人に当たるのは
巡り合わせですし、コースもまた、
キツイのや甘いのや、ずいぶん差がありました。
でも、ヒドイ目にあったり、失敗したりすることが
屈辱だったり、情けなかったたりして
悶々としますが、結局、それこそが、にがい薬のようです。
いま、七転八倒している現場のみなさん、
どうか、めげずに、がんばってください。

そして「うっかり失効」などという、馬鹿げた規則が
いつか、この国から、消えますように。


取得時講習への長い道

三月二十七日木曜に、本試験合格して
取得時講習というヤツを受けるために、
あちこちの教習所に電話するが、
「四月いっぱいは無理」などという返事が続出。
野田の教習所なんぞは、
「四月の予定は、今はわからないけど
十日以降で、三回、別々の日に
来て、生徒と一緒に講習うけるのだが、
三日間は、トビトビで、どのくらいかかるかワカラナイ」だと。
つーわけで、流山自動車学校に電話したら
「四月一日の朝8時半から、電話で受けつけます。
五日の日にヤルと思う」つー返事なのでコレにする

四月一日火曜。
めんどくさいのて゛、直接、流山自動車学校まで行き
8時半に手続きすると、
「十九日と二十六日、どちらにしますか」ときたもんだ。
「あれれれ、五日じゃないんですか」と言っても
女の事務員知らんぷり。くーそー
ここまできて、キャンセルするのもなんだしなーと
もう一人の男と二人、十九日を予約。
でも、なんと一日で終わるらしい。
よーし、いいだろう。

しかし、二十七日に本試験終わって
次ぎの行程が翌月の十九日って、
あんまりなシステムじやないかよなー。
もう、ブツクサ言うのもヘキヘキする。


四月十九日・取得時講習の日

朝、妻に送ってもらい、駅から初石駅。とことこ歩いて、懐かしや
かつて、小石川の三畳アパートから引っ越して、数ヶ月いた建物の
となりに、流山自動車教習所はあった。
一万三千六百円のお金払って、九時半から、講習。
一時間目は、ビデオやお話で高速道路の走り方
2時間目は、初石から運河あたりまで、3人の運転手交代で走る。
ワタクシ、丁字路で停止のとこ、キチンと停止しないで、止まった風になり
教官に小言くらう。でも、3人とも、失効一発男たちなのて゜
運転はうまい。問題なし。
3時間目は、さっきの、各自の走り方について、気づいたことや
問題があったら、話しましょうつーので、3人とも問題なし。
教官は、冗談ばかり言ってビデオ見て、終わり。
昼飯は、歩いて、寿司屋で、上チラシ。
値段が千二百円じゃ、期待もできず、きたのみて、これ並じゃないの
つーくらいのシロモノ。寿司屋より大漁寿司のほうが、見事なプロよのう。
二時二十分から、四時間目、常磐高速道路。
教習所の生徒と私。行きは私。別にどうってことなく走って終わり。
5時間目、人工呼吸の勉強。
6時間目。人形使って、実践の人工呼吸や心臓マッサージ。
十五回胸押して、口に息二回。ちゃんと当たると緑のランプ。
7時間目も、おなじこと。ああ、六時もまわり、終わるぞ終わる。
よーし、終わったあ。
これで、すべての、講習が終わった。
あとは、もう一回、幕張に行って、免許をもらうだけ。
六時二十分、教習所前に出ると、妻の迎えの車。
あー、終わった。あー、終わった。

そして、ふっとよぎる。
何度も、頭の中で押さえて沈めていた怒りが。
何が、うっかり失効だ。
書き換えを忘れてる者に、ハンケチ落としみたいな
小汚いマネして。
なんなのだ、この腐れ法律は。
いったい、どこの警察官僚の大馬鹿が、
こんな非人間的な法律を
いまだに残しているのか。



解放の日・四月二十一日月曜

朝まで原稿かいて、締め切りの日は近づく。
普通なら、締め切り上げてから、行くだろう。
あと数日待つだと。
冗談じゃない。
一分でも早く、この手にあの免許を取り戻したい。

徹夜の眠気のなか、電車に乗り、幕張本郷までいく。
八時四十分。千七百六十円の印紙買って、窓口。
月曜のせいなのか、混んでいるらしい。
1時間くらいかかって、書類できたらしく、別な部屋にいく。
そこで、また待たされて、私なんぞ、順番どおりじゃなく
最後になった。そして呼ばれて
「前の免許証、返却してませんね」などとイマゴロ言われ
それを出して、書類に名前かかされ、
それから、写真撮影。なんかコンピューター処理の画像。
で、二階に行き、十時から免許証の配布。パラパラとダラダラと行われ
十一時近く、やっとこ、免許証を手に入れる。
小さな一枚のカード。これを取り戻す為、
七転八倒したんだ。
終わってしまえば、ただの無味乾燥な建物。
一分でも居たくもない建物をさささと出て
バスに乗り、駅。怠い怠い電車のなかで
ディラン聞いていると、ディランが、お疲れさんでした、と言ってるようだ。
ああ、快い疲れと満足感、
なんでもない電車のなかで、私は、失ったものの再取得のこの時
ジーンと、押し寄せる安堵の波に、揺られている。

書き換えを、忘れる人間はいる。
だが、それが罪で、免許を取り上げるなんて
あまりの悪法だ。
こうした、非人間的な制度、
どうやったら、無くせるのか。
そのことへの道へ、
私に出来ることは、何だろう。


コスト代

川間・船橋・五百
船橋・幕張本郷百六十
バス百七十
交通費。
一回千七百円×6
タクシー八百円

住民票二枚・六百円
写真代六百円×2、千二百円
問題集3冊や技能本3冊
千葉県地図、約五千円

仮免テスト・四千四百円×2
本免テスト・三千四百円×3

つーわけで、トータル

交通費一万
書類本一万
仮免九千
本免一万
取得時講習一万三千
最後に・千七百五十

約五万七千円つーところか。


すばらしき・サイト

http://www.d6.dion.ne.jp/~ohtake.k/menkyo/

このサイトが無ければ、私は
もっと不合格の数を増やしただろう。
どれほどの夜、ここの書き込みに
励まされただろう。
砂漠で会ったオアシス。
砂漠を抜けるための勇気を、もらった。
主催者大竹さんに、心から感謝します。