ごろにゃん奮戦記


柏蜂番の快楽観覧記

すいーと・ほーむ・八丈島・2006・9月


海外生観戦記録

九三、六月、バルセロナ・カンプノウ
九四、七月、アメリカ大会、準々決勝から決勝まで
九五、五月 イタリア、ユベントス優勝戦、ウイーン、チャンピオンズリーグ決勝戦、バルセロナ、バルサ戦、
    六月 イギリス、インターコンチネンタル、
九六、三月 イギリス、イタリア、ドイツ。チャンビオンズカップ、カップウイナーズカッブ
    六月 ユーロ九六、イギリス予選から決勝まで
九七、五月 バルセロナ、レアル戦。ロッテルダム、カッブウイナーズカップ決勝戦。アレナ、アヤックス。
九八、六月 フランス大会一ヶ月、決勝まで。
九九、七月 パラグアイ、コパ・アメリカ。決勝まで。
二千、五月 バルセロナ、パリ・サンドニ欧州チャンピオンズ・リーグ決勝、ロンドン、イングランド対ブラジル
    七月 パラグアイ・アルゼンチン・ブラジル「サンパウロ・モロンビイ」、W杯南米予選三戦

二千一、四月、欧州・レアル・マドリー対ガラダサライ、リバプール対バルサ
         セルタ対ラコルーニア、スペイン対日本、バルサ対セルタ
二千二、三月・チャンピオンズリーグ。バルサ対リバプール。バルサ対レアル




八丈島でフッチボール体験して骨折以来、見ることとは別に
やることが、どんだけ深いかを感じ、昨年十一月横浜で
生試合をやって、あんまりに無能な自分に愕然としながら
こーなったら、毎週、練習すんぞとなったのだ。
初ゴールは遠い、甘味なゴールへ、バモス。


指導員の指摘

ボールばかり見ずに、回りを常に意識してみる

ボールもらったら、ドリブルじゃなく、基点になって
回りにパスを。

ボールもらえる位置を見つける

ボール受けるときの身体の角度
スローインは足元に。

相手の突破を塞ぐ、というより、どちらかのサイドへ追うようにする。

スペース空けておいて、そこに走りこんでボールもらう。

ボールを受ける脚の位置、同じとこだけでなく、少し奥でも。

ボールを受けるとき、ボールより、まず
ディフェンスの位置を意識して、そいつに
ボールが見えないように動く。


七月二十九土曜
夏は、暑い。こったに暑い時に
フットボールをやるなんて、危険な行為だ。
夕方四時からの練習。
暑いせいか、始まりは、十人。
ミニゲーム。開始まもなく、私が蹴ったボールは
大きく曲線を描いて、狭いゴールに入った。
ううむ、二度とできない、本番にとっておきたい。
スペースがある。そこに走りこめば
いいボールがもらえる。そうした空間が、アルこと
それが見えるようになった。
もちろん、一瞬だけど。
メチャメチャ暑い。一本やって、メンバーが少ないので
三チームに分かれてのバージョンにならず
休んだら、2本目が始まる。きつい。
へぼいパスを峯田さんに何度か出し、呆れられる。
一方で、せまいところを浮きだまで、狙った位置に
放り込んだりもした。少しづつではあるが
思ったことをやれる、という技術が、蟻の邁進のように
進んでいるよーな気がする。
六時ちかく、練習が終わり、汗びっしょり。
ここの人たちの、練習後の撤退の早さはいつもながら感心する。
もたもたしていたら 乗せてくれる車がいなくなってしまう。
汗拭いても、体がほてっていて汗が止まらないので
上は裸で、下は練習着のまま。
カベさんの車に乗せてもらうが、こんなびしょびしょでは
乗れないと、練習短パンを脱いだから、私は海水パンツ一丁状態。
そのままで 座席にタオルをしいて乗った。
汗拭いたのに、まだ汗が出てくる。シートベルトをしようとしたら
こら、濡れるからするな、と言われ、助手席に
上半身裸のまま乗っている。信号などで止まると
横断しているお姉さんとか、ギョッとしている。
そーして、風呂やの前に来た。周りは普通の住宅街。
さっと降りて、道路を渡れば風呂やだと、海パン一丁のまま
大きなバックを持って、風呂やに入る。
番台を通ると、すでになかにいた手配師が
「なんって、カッコウで来るんだ」。そして番台のおばちゃんにお金
払いに行くと「そのカッコウで、どこから来たの」と
心配がられたので、「車できて、ここの前で降りた」と答える。
確かに、住宅街にある風呂屋とすれば、こんな客が
ごろごろ来たら、苦情もくるであろー。
やはり、海辺じゃないんだから、以後、気をつけるよーにします。
そして、野毛は、魚市にて、んんんまい魚とお酒。


三月18日土曜
三時間くらいしか寝ていない。
三時に行ったが、また゛集まり遅く、四日市さんだけ。
パスの練習。インサイドで止めたあとの足をそのまま
前に降ろしてみな、と指定される。いったん止めたあと
その足を引き気味に下ろしているからだ。
もうひとつの練習は、浮き球をそのままインサイドでトラップして返す。
これがボロボロにできない。そしてハアハアと汗が出てきて
「休ませてくださあい」となった。
本日は、朝っぱらに試合あったせいで、微妙に集まりが悪くて
十人。五対五でミニゲーム。こなきさんに二度も同じフェイントで
ぬかれる。ついには持ってるボールをカットされて
オノレと腕を回して胸に当ててしまい、エロ・チャージ状態になる。
小林さんのドリブル追いついたはいいが並走しているうち
シュート打たれる。林さんにオフサイドだと言って
猛然と抗議される。でもオフサイドだよ。
本日は、ボールをもらいに行くように心がけたが、やっぱり
そうしたスペースへの走りこみのタイミングが
うまくいかない。雨がどしゃどしゃ降り出して、七人の侍の野党の攻撃
みたいになってきて、それでもしばらくやっていたが、五時になるまえに
終わる。それにしても、すぐバテル。体力が無い。
こなきカーにて御風呂屋。八三。曽根カーにて野毛・魚市。


25日・土曜
ドトールでアイスコーヒー呑んで、絵本のラフを直す。
三時前につく。つばくろ会の人がひとり足りないから
出てよとカベさんに言われるが見学。
かべさんに、背中にバックスが居る場合のパスの受け方。
即返してから左に移動して、スペースを作るというバージョンを
指導してもらう。普通の場合のボールの受け方、ボールに対して半身になって受ける。
ミニゲーム。どうしても、ラインをぬけることばかりやるので
四日市大王に、「自分でボールもらった時のこと考えろよ、誰も動いてないと
パス出すとこないだろう。ボールを貰えるとこに移動しなよ」と
ぬけることばかりやるんじゃないよといわれる。うー。
汗をかくが、この季節のほうが夏よりもずっと楽なのだなあ。


12日日曜
本牧公園グランド。天気良くて暖かい。
試合前のウォーミングで、ミニゲーム。Aタッチでの規制、面白い。
前半見学。前半ゼロゼロなれど、後半早々2点失点。
後半十分から龍太選手と交代して出る。
いつもよりひとつ下がってやる。相手は若くて、早くてタフ。
左の中盤を行ったり来たり、ハアハア。相手が早い分
ボールもむずかしいのがくるので、処理できない。
最後に、ペナルティ内左の私にパスが来て、走り込みつつ
左脚でトラップした分、相手に詰められて、左でシュート
少しブロックされ勢いけずられてキーパーキャッチ。
うむむむ。初ゴールは遠いのう。


2月11日土曜
いい天気。駅前のサテンで、絵本のネームを作り、バスで練習場。
先週のミニゲームで短時間でシュートを3本決めたのは
夢だったのか、つーくらい、本日は激が飛ぶ。
峯田指導員には「見てるんじゃない、ちゃんとボール追えよ」と低音で叱咤されるは、
相手との距離をもって守っていると「何で、詰めないんだ」とくるは
カベ先生からも、「ボールもらえるところに、来い」
「ラインの裏をとることばかりやっているな」と来るし
右横で待っているカベさんに出さず、前の三角さんの前に出して叱られ
石川指導員は叱咤するし、見学の下四日市指導員はひとこと「ヘタ」。
こーして最後まで叱咤の四重奏がワンワン鳴り、るり子様より
「みんな、怒りすぎだよ」と慰められましたが、
わははは、メゲテイル気力はありません。
コツコツ行くしか、ありません。


24日土曜

新杉田からシーサイドライン並木中央。集合時間に微妙に遅れ
走って着く。つばくろ会との練習試合。二十分単位で四本。
1本目でる。ニエカワ選手に、「今日は1点取りましょうね」と
言われ、センタアにいてオフサイドラインを抜けようとしたりして
パタパタと走る。中盤を上がった江頭選手ゴール。
2本目は休んでいたら、線審をやる奴がいないからヤレといわれ
やってみるが、おもわず見とれてしまい、
オフサイドラインより遅れて走ったりして、ゴールラインを割ったのに
攻めるほうの旗をサイドラインに向けて、ナンダヨいまのと抗議受ける。
3本目、出る。素早い動きで、ニエカワさんか゛左サイド上がって
ど真ん中を走る私に、センタリングのパス来るなと
走ったら、上がりすぎて後ろにボールがきて、仲間のバックスたちから
どよめきの失笑が起こる。ニエカワさんからの
ソラ点取れと、センタリング゜されてきたボールをヘッドで
合わせなくてはならないのに、ヘッドでさわらず前に落として、キーパーが上がってきたとこを
後ろに返して、そのあと江頭選手がゴール。下四日市さんからも
ホレ1点取れといわんばかりのボールが来るが、追いつかなかったり
合わせられなかったり。胸あたりに飛んできた強いボール、
胸であわせながらゴールしなければならないのだろーが
このまま触らずよければゴールするような気がして、よけたらハス゜レていた。
中央を上がる川上ジュニアにパスしてジュニア一対一から
見事なゴール。ほほほ、Tアシストです。
最後のニ十分、途中から、川上指導員と交代で入るということをしていただき
走りまくり、最後に古石選手が、私の前に落としてくれたボール
左足でオモイッキリ蹴ったが、重心をとらえていなくて
ゴール枠の遥か左にヘロヘロと飛んでいき、この一年の叱咤・奮闘の結果が
コレかと、厳しい現実の師走であります。
みんなに、お礼をこめてカレンダーをプレゼントした。


十二月三日・土曜
築地で寿司食って、新杉田駅十二時集合。ギリギリつく。
みんなキッチリ着いている。それでもまだ来ない人はいたが
当然のよーに、置いて行かれるところが凄い。
東芝の工場のなかの芝のグラウンド。ミニ・ゲームやって汗がでる。
江頭選手の転任壮行試合。T試合目先発。
タケドンとホワード。まんなかで張っている。ロングボールくるが
トラップがきまらず、はじいて取られる。川上さんからの
ロングのほうり込み、キチンと止められず。クヤシイの連続が続いて終わる。
休憩時間、川上指導員から
「オフサイドを気にしないで、まず走り出す。こっちからボールあげてからでは遅すぎる」
「走り出すはあい、直線でなく、回り込むようにして、時間をかせぐ・という場合もある。」
項半は交代で見学。林さんの持ってきたラジオで、二時からのリーグ最終戦を聞いている。
Tポイント差の団子。二部も1ポイント差で、柏の空いては仙台か甲府か。
東芝チーム対たそがれの試合。トップに小学生二名と私。下四日市指導員からの
「さあ、打ちなさい」というパスを、きれいに止められず、「君は敵なのかー」など゜と言われ
左から来たパスを見事に空振り。くぬぬぬぬ。そしてきわめつきは
小学生オサム選手がペナルティエリアで左から出したパス、「打て」ばいいのに
なんだか、「やっぱり、君が打つべきだ」などと返そうとして、左の置くにいる四日市さんに返して
「なにやってんだ、打つ気あんのかああ」と怒鳴られ、そのパスを右から走りこんだ川上さんがシュート。
まったく何やってんだー、です。ラジオでは試合が佳境。残り数分のところで
突然セレッソが追いつかれ、放送を聞いている者たちが、驚きの声。
ガンバ大阪、初優勝、西野監督おめでとー。
夕暮れが近づき、風呂やにトンズラする一名についていき、それから壮行飲酒会は
秋田弁の濃いオバチャン店。どしどし飲んで、胴上げして、
それから、あれれ、鶴見のブラジル料理店に居るぞ。ワイン飲んで、べろべろ。


二十六土曜
いい天気。寒いと思って、下にはくやつも持っていったが不用。
2チームでやって、そのあと3チームで。
相変らず、おなじことで怒られる。ボール持ったら、すぐにパス、
というのを守らない。しょぼい勢いのパスを出してしまう。
ゲームの途中で、止められて、四人呼ばれて四日市指導員に
とくとくと注意される。前のほうで四人ではっててどーすんの、
誰かもっと下がってくれなきゃ、と。
うーむ、全体が見えていない。カベ指導員からは、
スペースを作っておいて、そこに走り出す。
4時で終了、遠い風呂屋まで曽根カーで。薬草風呂気持ちいい。
風呂上りのビールたまりません。カベカーでフライ屋。
そのあと、んまい店を堪能する。


二十日日曜
本日もいい天気。深夜に起きてクラシコ見たので、11時からの試合に遅刻。
しっかり冷たい目で見られる。女子チームのみなさんに「社長出勤」などと言われる。
しばらくアップして、午後からの試合。林さんとツートップ。走れないんだから
クサビになりなさいといわれ、ラインを上げているのはいいが
キーパーが蹴るときも、ずーっとあげっぱなしなので、「そんなとこまでボール
飛ばないだろー、もっと飛ぶ位置まで下がれ」と、試合後注意される。
この試合で始めて、相手と走っているうち脚を引っ掛けられて
バランスを崩して、前転して転ぶ。肩を打った。立ちあがっても、脚にも痛みがあって
すぐには走れない。「交代すっかー」と声が出たが、丸マークして、続行。試合はドロウ。
北区と八丈の試合中、選手がボールをふんで自爆ぎみに脚をひねったとかで、骨折。
救急車を読んで、試合続行のそばで、ピーポーピーポー。
その次の試合は北区チーム。たそがれチームがまるで
バルサ状態になりほとんどボールを支配して、四日市ショーみたいに
相手抜きまくり、ポストに当てたりと、アレレ強すぎる。八丈の秀人さんがホワード゜やって
「こーやって動くのだよ」という見本のように、上手く動くのを見る。ううむ。ビデオ撮るべきだな。
後半から、出る。江頭選手がボール持って上がってきたのに、受けようとせず
バックスをひっぱろうと動いたら、「こら、増村、逃げるな。ボールもらいに来いよ」と叱咤される。
そして、ニエカワさんが真中から私に出したパスを受けて
ペナルティエリアに入り、キーパーと一対一。左側から走りこんで、利き足の左でシュート。
ギャラリーより、どよめきが起こる。ボールはキーパー正面。あああああ、くやしい。
ギャラリーが、わあわあ「惜しい」「なんで決めないんだよ」。くやしいので、ギャラリーに
向かってクヤシーと握りこぶし作ってポーズとったら、試合後「ゴールはずして
ガッツポーズとってんじゃないよ」などと言われる。チャンスだったのになあ。
試合中、もう一度チャンスがあった、ペナルティ内で
バックスと一対一で、ドリブルで抜こうとしてカットされた。試合後あのシュートに対して
「あれは、トゥーキックで蹴るといいんだよ」とか
「惜しかったね」と浅見さんやニエカワさんに言われた。
試合はニエカワさんのクールなゴールで勝利。
その後、二時間飲み放題の宴会に突入。フットボール三昧の底無し沼を堪能するのでありました。


十九日土曜
いい天気、築地で寿司食って、11時すぎに田町のグラウンドにつく。
そして着がえて気づく。短パンでいられると思ったら寒いのだ。
みんなジャージはいてアップしているのに。私はジャージをもってこないで
ジーパンはいてきたので、結局まぬけなことにジーパンはいていたら
なんで着替えないんだと言われる。地検チームと、八丈島チームの遠征を迎え撃つ
ヨコハマたそがれチーム。時間の都合で二十五分ハーフの試合がはじまり
、いつもなら後半スタートの私が先発。しかしロングボールにたいして
すべて負けているつーのは、どういうことだ。一度だけ
ロングボールの浮きダマをピッとトラップできた。
それと、相手のうしろからボールをカット。ここまではいいが、
そこからすぐにカベさんに渡さないで、怒られる。
それと峯田さんがボール持って上がってきたのに、交差するように走って
じゃまさださわるな、と叱咤される。うむむむむ。
試合は、峯田さんが倒されてピーケー。それをニエカワさんがきっちり決めて勝利。
三チームでの試合なのでしばらく休んで、午後からの試合。ツートップは
森さんと増村といわれた瞬間、森さんが嫌ーな顔をする。だが森さんは出てすぐに
脚が痛いとかで交代。試合が進みコーナーキックになり
たそがれチームはなぜか三人くらいしか攻撃に参加していない。
私が真ん中で、左からのコーナーキック、蹴られた瞬間、こりゃあバックス三人の
真上を飛ぶ弾道なので、クリアされるなと一瞬思ったら、あっ、クリアーできない・
ボールはすーっと目の前をスローモーションのように横切っていった。
くぬぬぬぬ、しまった。絶対来るとふんで走ったら、簡単に合わせられたのに・・・・。
四日市さんから「お前は、敵なのかあ」とコール。くやしい、初ゴールのチャンスが・・・。
試合はゼロ対ゼロの引き分け。川上ジュニアより「まっさん、オフサイド気にしないで
ドンドン行っていいよ」と言われる。最終試合のあと、試合の人選や運営をめぐっての論戦もあり
熱い人たちだなあと思う。それから宴会が始まる。赤ワイン飲み放題なので
フガフガ飲んで、店のギターを林さんと弾きまくり、唄いまくり、ワーワーわー。


十一月五日土曜
築地で寿司食ってから、行く。冬時間で二時から。
練習場、鍵がかかっていて入れず。反対側を開けて入る。

本日のミス。そのT。石川さんから来たボール、返すのに
ショボクとろとろと蹴って、森さんにカットされ、大ピンチ。
そのU。来たボールを川上さんにパスしたら、「今は
誰もそばに居ないのだから、自分で行くべきだろー、」の注意。
そのV。来たボールを、待ってもらおうとして、
曽根さんに数度カットされる。
そのW。スローイン。どこにも出すところなくて、ゴールまぎわなのに
その辺に投げて、四日市指導員に呆れられる。
うーむ、ミスの山はまだまだ続く。
四日市さんから、さあ、ゴールしなさい的パス次々来るのを
次々外す。場外で見ていた森さんから「ジャマしてんじゃないよ」の声。
マットウな神経の持ち主なら、自己嫌悪になって、普通 辞めるよなあ。
くぬぬぬぬぬ。

練習後、大黒湯が無くなったので、もっと先の風呂屋まで
曽根さんの車で行く。そのあとは、バスで野毛。ワカタケにて
5名で飲酒。ワイン・ボトル爆弾をさけて焼酎なれど、
やはりデロデロになるまで飲むのでありました。


十月二十九日土曜
秋刀魚を三十匹、冷凍パックに積めて、途中で
ワインを2本買って、とても重いのを運ぶ。
いつもと違って、完全にバックスの位置でやってみる。
石川指導員の指示で、やってはみるが、右往左往しながらの試合。
どうも、飛び込んでいくときと、スペースをつめずに守るときとの
判断がわからない。まあ、相手にパスするヘマは相当減ったが。
五時、大黒湯に行く。このお風呂屋さんが明日で店仕舞い
ということで、本牧フッチボール組の、感謝のセレモニーが
あったのだが、そんとき、私はすでに風呂に入っていたので
現場は見ていない。カベさんの車で野毛。
江頭選手の指名で店に行き、赤ワインどかどか飲んで
早々と一丁上がりになる。


十月二十二日・土曜
日産スタジアムのとなりの芝生のグラウンド。
雨降りそう。試合は、相手がチャンスをきっちり決め
ロングからのループを2本とも決め、非常に
しっかり練習しているチームだった。
私も出たが、走りまわっているうちに終わった。
途中でリスタートするとき、ボールを蹴ってしまい
中盤の川上指導員に、「前に居ろ、勝手に蹴るな」と
指摘される。試合はボコボコに負ける。
それから林さんの車で練習場に移動。下四日市さんの定番の駄洒落。
4時近くから、ミニゲーム。カベ指導員にビシビシ指摘される。
得意の脚で蹴れ。どうも右足はヘロヘロになるのだ。


十月十五日・土曜
曇天。台風の影響で雨になるかと思ったが、やや回復。
3時から練習。下四日市さんに、パスの受け方の指導。
同じポイントで受けるのでなく、少し後ろで止めたりする。
というやつ。
ミニゲーム。いつものごとく、ナンカしようとすると、つめられる。
とられる。とりかえしに行って、キックをブロックして、おもいっきり
スパイクの裏で蹴られて、2本の線のアザが出来た。痛い。
さすがに、相手にパスするシーンがなくなったが
やはり、回りが見えていない。判断が遅い。うー。
歩いて風呂屋。風呂入る前煮コンビニでビール買って飲む。
風呂上りに2本目飲む。バスで移動。フライ屋から
村田。楽しい旅のメンバーが、村に帰っていくのは
寂しいものだ。日本酒どんどこどん。


十月一日土曜
暑い。バスに乗って、国立大学の近くで降りたが
この近くのはずだがわからない。石川さんに
どーやったら行けるか電話するがつながらず
大学の入口で警備の案内人に
道聞くと、「けっこう歩きますよ」といわれ覚悟して歩くが
なんと近いぞ。11時からの試合。いい天気。
つばくろ会が相手。前半途中から出る。一対一で抜く力ないから
基点になってと、まんなかあたりに居る。しかしやはり
来たボールがきちんと次にパスできた割合は3割、残りは
取られている。一度バックスと一対一になり、ここを抜けばという
チャンス生かせず。なんとかポジションの位置を意識して走るが
暑くて苦しい。一回休んで、三度目は先発、ロングボールを胸でトラップするが
強くはじいてしまう。走りまわる。もっと普段走らないとダメだなあ。
スコアはT対2で負ける。ポジショニングは、ちっとはマシになっていると云われる
カベさんの車で港のラーメン屋。森さんがビール飲んでいる。
俺にも「楽になれよ」などと誘うが、ダメですと断っていると
約一名「すこしね」などと飲んだので、プツン、もーだめです、自分も注文する。
んめええええ。
半カレーラーメンなるものを注文、あら、これって半ラーメンだったのね。
試合して昼飯食って、ここから怠惰な飲酒坂を転がりたいのに
3時から、定例の練習。そして練習場に移動。
いつものようにミニゲームが始まるが、1本やり2本目になると
トルネコのようなかっこうでリュックを背負ってズラカル人あり。
試合やってから、練習はやはりキツイ。峯田さんちの子供と
必死で戦っていたら、四日市さんがにじりよってきて
「いいライバルできたねえ」と云う。まもなく四日市さん
ボールに乗って横転、バチが当たったのだと笑っていたら、こっちに来た浮きダマの
ボールを俺はおもいっきり空振りして、左足をひねってしまった。
バックスをやってみると、これまたシンドイものだ。そして
ゴールする瞬間をぶっつぶすというのも、快楽だと知る。
いつもの風呂屋に行き、そのあとバスで移動。野毛にて
トルネコ親父を捜し、フライ屋のお母さんに挨拶して素通りして
鳥善にて生酒ヤキトリで、酒気帯び歩行にいそしむ。


9月十七日・土曜・八丈島
新しく出来たグラウンド。凄い天気。そばに空港の滑走路があり
時々凄い轟音で飛行機が行き来する。
さあ、試合が始まるソ。その前にコンタクトを入れなくちゃと
トイレの鏡に向かって、やるが、案の定うまくデキナイ。
焦る。あせるからよけいできない。いったい何分かかったのだろう。
やっとこ目玉をシャキッとさせて、ユニホーム着て、開会式。
島の偉いヒトが挨拶して、それから、地検からニチームへのプレゼント交換。
ヨコハマたそがれは、ワタクシの風呂猫勢作のてぬぐいをプレゼント。
そして、試合は三つ巴戦で始まった。
地検相手の前半。少し出る。しかし、一年間のワタクシの努力は
なんだったのか、つーくらいヘタだ。脚をそろえて、ボール受けようとして
「脚そろえちゃダメだよ」と指摘される。
来たボールは、相手にとられる。役立たずの見本だ。
しかし、不思議なことに、自分の失敗ばかりではなく
他人の失敗も、よく判るようになった。
タケドンがゴールしてリードするが、やがて追いつかれる。
次に、八丈との試合。これは、八丈も年齢的に
同じくらいの人たちを出してきたので、地検の時より、すこしは
余裕があったが、それでも失敗ばかりで、嫌になる。
八丈には勝てるかなあと見ていたが結局
ニチーム相手に、ふたつともヨコハマ負けて初日を追える。深夜、
大酒のあと、さすがに、自分のデキナサに嫌になり
「もー、これは、俺は止めるしかない、デキナサスギル」と、愚痴る。
当然、「そーた゛、ヤメロヤメロ」と言われると思ったら
不思議なことに、みんな呑みすぎて、普段の
屈折した性格が。よけい屈折してしまい、
「四日市さんから、ボールがくるのは、ポジショニング
間違ってないから、くるんだよ、もし、ダメならボールは来ないよ、
まあ、きたボールの処理のし方は、問題だけどさ」
などと言われ、何か変な気になる。
「一年前よりは、マシになってるよ」などと言われ
おっかしいなあ、「ヘタで絶望的だから、もっと楽なところで
ヘタ同志でやればいいよ」と言われれば、それで済むはずだったのに
ぎりぎりの絶壁で、つめが残っている気分だ。

十八日・日曜
今日も暑い。9時集合だと、酒臭いまま行く。
しょっぱなから、各自への指示のなかで
「お前の仕事は、相手にパスしないことだ」などと言われ
まったくだよなあと、昨日のしょぼいパスが簡単にカットされたり
だすとこを見つけられずやけくそで蹴り、相手にとられたりした数回を思い出す。
今日は微妙に雲がかかり、直射がこない感じで、炎天下、
それでも、気持ちは、さーっやってやるぜえ、より
あーあ、ちっともウマクなんねえなあ、と腐っていると、
八丈の高校生でメチャクチャうまい子を、たそがれチームに入れたら
あっというまに、三点のハットトリック。その素早さのまえで、バックス二名が
スローモーションに見えるのをみて、いったいナンナノタ゛という気分になる。
その子ひとり現れた瞬間、あまりの差が見え、その差の遥か下に私はいるのだ。
ああ、嫌になってしまう。しかし、四日市さんがボールに乗って
スローモーションのように倒れるのを見たりすると、あんなに
やれる人でもコケルんだから、私のヘタさも、蟻の1歩を積み上げていくしか
ねーのだと、考えさせられるのだ。森さんがバテバテになり
「マス、交代だぞ」とピッチのなかで言っているとき、私は
アイスキャンデーを食べていて、戦いのかけらもない平和な気分でいた。
高校生の問題外的な活躍やたそがれチ―ムの若手浅見さんや桝本くんの奮戦などで、
なんと本日は勝ち続け、総合で一位になった。めでたしめでたし。

十九日
朝十時。本日は男女混合でチームも混合という、気楽なバージョン。
ずでにどーでもいいと朝からビル飲んで出ない親父もホッカムリしている。
女子と子供たちが二日間やっていた小さいコートのほうでもやるというので、
二日酔いと寝不足でボロボロの私は、そっちが楽だべと行った。
しかし、甘かった。六分制でT試合、五人チームのフットサル。
これが楽どころか、休んでいるひまなしの、動きまくり。
子供はタフだから、こっちはハアハアになりながら、それでも1点だけ
キーパーの前でループを決めて、ああ嬉しい、この1点守って勝ち。
こんな風にして六分試合、3本やったら、バテバテで、すいません
誰かと交代で一回ぬけさせてとノビダ。こんなことなら、大きいグラウンドの
ほうがマシだったなあと思いつつも、このフットサル、やはり
狭いスペースでの、動きの基本が叩き込まれる。実にきつくて、楽しかった。
こうして、二泊三日の八丈島フットボール三昧は終わった。
一年間、厳密に言えば九ヶ月間の奮闘の結果は
「フットボールは、甘くはない、蟻よ、努力せよ」であった。


9月三日・土曜
ついに、コンタクトレンズをした。これで、すべてが見えるぜ。
駅前のドトールで、3十分近くネームを書く。ふしぎなもので
リラックスしていると、サササと描けたりするのだ。
それからバス停にいくと、長蛇の列。なんだなにがあるのだ。
クレージーケン・バンドの野外ライブとかで、バスはその手の
男女がゴッソリ。途中でみーんな降りて、私ひとりがつぎの停留所。
早くついたので、コ゛―ルポストを用意して、4時すぎから六対六くらいで
試合。暑いが先週ほどではない。そして、いままでも散々言われていた
「もらったボールは、ドリブルしないで、誰かにスバヤク、パスを」を
実践するべく、やるのだが、まあ、いままでよりは
ちっとは、パスしたはずだが、それでも、ウダウダと持ち、コースがなくなり
苦し紛れのデタラメなパスをしたりする。しかし、さすがに
回りが見えるので、相手にパスするというマヌケの回数が
減った。しかし、見えるよーになって、いいことばかりはない。
いままでは、怒鳴られてもノッペラボウの顔だったが
、よく見えるようになると、鬼のような形相で怒っているのがわかって、これまた体に悪い。
帰りは、風呂屋でハアアア。85。そのあとは、野毛、村田屋にて
んーまい刺身やドンブリで生酒どんぶらこっこ。


七月二日・曇天
パスで練習場。曇天なれどヤハリ暑い。
石川さんに、ユニホーム代金一〇七二〇払う。
ミニゲーム。暑い。ちょっと動くとキツサが違う。
下四日市指導員に、きちんとトップの真中に居ろと
言われているのに、きがつくと、いつのまにかボールのそばに
寄ってきている。うーむ。
パスをキチンとトラップできない。何本もゴールをハズス。
でも、いままで一度もできなかった、四日市さんのボールをカット
できた。嬉しい。右足でゴール1本。
左からの横パスを半身で受けず、正面で受けてしまう。
十分交代の試合を数本やって終了。海水パンツ忘れてきたので
普通のパンツを下にして練習したのでビショビショで変えが無い。
しょーがないのでノーパンに短パンはいて風呂屋。
風呂上りの缶ビールんめええ。バスで野毛。フライ屋でビール。
そのあと隣の中華料理店で、しこたま食って呑んで、楽しや楽し。
腰の筋が張っていて、痛い。


二十六日
常盤公園行きは、横浜国大行きに乗るはずが゜
バスの運転手は、その公園がワカランといい、どうも
一度乗ったはずの自分も記憶がいーかげん。しゃあないとタクシーに乗る。
千4百円。グラウンドわきに、数名到着していて、ついに
ふえふえふえ、念願のユニホームが配布された。
ワタシの番号は、80番。さっそく着てみる。いいかんじ。
4時半から、福耳球団とかいうとことの練習試合。
前半は見学。綺麗にループを決めて先行。しかし見ているだけで暑い。
ひとりの人への、ベンチの指示と、後ろからの指示が違っていて躊躇している。
アチラのチームは、ののしり声、罵声はないのに、たそがれチームでは叱咤があちこちで起こる。
そして後半最初から、三十五分出る。スローインを二度もトンネル、なにやってんだほんとによお。
いい加減コンタクトつけないと、ぼんやりのボールが見えないのだ。
ボールが左に寄っているので左がかりになっていると、
コラー真中に居ろと言われる。そして真中に居ると、コラー動けと言われる。
くそー。この判断がわからないのだ。ロングボールがきても、すべて競り勝つどころか
競るまえに相手がクリアしている。「いーかげん、ボールにおいつけよお」。そして、暑い。
峯田さんに、「コラー、まんなかに居ろー、ゴールへのコース塞ぐな」と叱咤され
試合後に「ホワードなんだから、もっと動けよ、立っているだけなら、意味ないぞ」と
ビシビシ言われる。あー、情けないー、身体重いしー、暑いしー、苦行じゃー。苦しい道のりだのお。
こうしてボロボロに、くたびれたワタシを哀れんだ曽根選手と横浜で
生ビールをうまそーに飲んだのでした。そして軽くネ軽く呑もうといいながら
赤ワインのボトルを2本開けて、ワハハハハとなり、酔っ払いながらも
フチボールの話をずーっとしているのでした。それにしても、夏は暑いのー。


6月25日
娘に入力してもらったウオークマン・アイポット
聞きながら、4時に練習場。暑い。
三十分くらいのミニゲーム。暑いのでタマリマセン・
汗びっしょり。相変らず、不正確なパスをするし、
コーナーキック、クリアしようとしてオウンゴールするし、ろくなことはない。
汗拭きのタオルしぼるとジャアと汗が落ちる。
風呂屋に行って、さっさと上がって、コンビニで缶ビール。
んめーと風呂屋の前でシアワセしていたら、
変な改造バイク屋根つきがテテテと通る。
ありゃとみれば、ケンタウロスのボス。
止まったとこにいって、挨拶。そしてら
「じゃ、車置いて、軽く呑むか」と始まるとこがカッコイイ。
こちらは、カベさんの車で野毛。フライ屋から魚市。
凄い刺身や貝や鯛が飛び交い、んめー。



6月十一日
曇天。梅雨入り。バスで四日市さんと一緒になる。いつもより
やや少なめの十人くらいで始まる。
トラップのミスが連続する。強いパスへのトラップが
ヘタできちんと止まらずはじいてしまう。
横からのバスに、シュートの空ブリ二回。
後ろに回ってパスをもらおうと動くと、どーして動くのだ
ソコでもらえと、四日市さんに注意うけ、休憩の時マークを置いて説明を受ける。
そーか、やたら動かず、相手のをパスをもらうのだ、と脳が言い出し
今度は、変に動かないから、お前何やってんだ、動けよと叱られる。
ケースバイケースの判断が出来ていない。
歳後の最後までミスが続き、軸足に体重が乗っているところに
強いパスが四日市さんから来て、反応できずバシッとその足に
強く当たり飛んだボールをかっさらわれて失点。
はい、終了。まったくもって気分の悪いマヌケなままで終了。
その後、風呂屋から野毛。フライ屋で、うまいビールも
うまいんだけど、なんでこんなにヘタなんだーの気分のまま
次の店でシコタマ飲んで、どんどんフットボールの恐ろしい沼のなかに入っていくのでした。
水曜日も来いだとー。リフティング百回かあ。長く険しい道の、まだ入口なのだ。


6月04日(土) 15:00-17:00 
つばくろ VS 本牧小公園FC
会場:長浜公園G


どんだけ時間かかるかわからんど、少し早くでて
2時すぎに駅におり、もくもくと公園へと歩く。
緑の芝が美しい。いままで試合やったうちで
1番見事な芝だ。すでに他のチームが試合をしていた。
3時から試合。相手はいつも同じ場所で
先に練習しているつばくろ会。
こちらは、開始までに人が足らず十人。
で、ワントップの役。見事な芝に呑まれたのか
ワタクシ、ひごろにもましてミスの連続。まずスローインのボールを
キープできず後ろから二度もかっさらわれる。
パスのボールをトラップしよーとして、トンネル。
敵からも見方からも、凍った視線の矢が飛んでくる。
自己嫌悪の波が次から次と起こる。そしてついには
左に入り込んだ牲川さんからのシュートせよのパスを
ペナルティ・エリア内で、「わっ、来た、1点ものだ」と
気合い入って・・・空振り。かあああ。
いいよいいよと、牲川さんから慰められても、頭のなかは、ムチャクチャ腐る。
そしてその直後、ロングパス来たのを、そばに四日市さんがいて
「おれにまかせろ」という声すんのに、足出して、トラップしたら
トラップ不正確だから、キーパーにゴロゴロ。「こらー、声聞こえないのかよお」
もーヤンナッチャウ。こーして、役立たずのまま1セット2十分が終わる。
江頭選手に、「失敗しても、気分をすぐ切り替えないとね」と言われる。


2セットはお休みで、3セット目、三角さんと2トップ。少しはなんとなく
なれてきたぞ。スローインをもらいにいくがマークされている。
川上さんから、そーいうときは、いったん離れてから
サッと戻ってモライにくるのだとアドバイスされる。そうして本日最大のチャンスがやってくる
右にいた三角さんにパスが来て、マークしているバックスはひとり、
そして左で並んで走っている私は完全にフリー。そこに、三角さんより
綺麗なパスがきた。わおう、キーパーとゴールポストが待っているだけ。
左足でトラップして前に流して走る。さあ、シュートだシュートだ。と
気合いは高まり、背中にあつまっているみんなの視線を感じながら、えいやっとキック。
ボールは、深く溜めがきいた位置でなく、あせりのなかで、浅く蹴ってしまい
右に広がる枠を捉えず、コロロロロロと枠を外れてキーパーのもとへ。
あーあ、まるで生ウニをどんぶりいっぱいにいれたものを、落としたような失望感。
ボールをシンでとらえていない。すべてはアセリからきたのだ。
もー、参った。せめてシンを捉えて、枠に行かなきゃなあ。
こうして、初のゴールチャンスをぶっつぶしてしまった。
ゲーム終了後、「なにやってんですかー、あんな最大のチャンスを」と曽根さん。
「そーだよ、せめて枠に行けよ」はあああ、「もー、今日はひとりに1本づつビールおごれよなあ」
「ああいうチャンスって、余裕ありすぎて、逆にむずかしいんだよなあ」と慰めたお方もいたが
ドブに落としたウニどんぶりみたいで、クヤシイったらありゃしない。
いやー、危なかったよおと、カベさんが、ニッコニッコしながらやってきた。
「初ゴールが、あやうく、つばくろ会になるとこだったからなあ」と、嬉しそうな顔、クヤシイ。
呆然として、4本目の試合を眺めていたが、しばらくしたら
四日市さんが、ほら、5分くらいあるから、やってこいと言ってくれた。
三角さんと交代して出る、ちょうどピーケーがあり、リスタートになったが、守備陣形を
そるろえるまで、センターサークルで腰に手当てて待っていたら、川上さんが遠方より
「コラー、腰に手なんか当ててんじゃないよー」と激怒している。「はあ」などと
意味が判らずにいると、「手だよ、手、やめろ」と怒られていたのでした。
うーむ こういう姿勢は戦う気持ちが無いということであろうか。
一度、シュートがあったとき、キーパーがハンブルするかもしれないぞ、と
シュートした瞬間につめればいいものを、おもわず、入るかなあ、と見てしまい
それから、つめよったため、一瞬間に合わなかった。こーいうのって
アタマで判っていても、身体が考えていないのだなあ。
助っ人のチビサブ選手、ホワードのテキスト人間みたいに見事に打ちまくり四得点。うらめしや。
こーして、初得点の最大のチャンスを潰した試合は終わった。
「さー、増村のおごりでビールだな」と言われて、こりゃあホントに
みなさんスイマセンと、1本づつ注いで回りたい気持ちになるが、
そーんなことしたら、毎回ワタシャ御酌生活しなきゃあなんねえ。
でも、このまま電車に乗るのも嫌なので、匿名希望男・石川さんらを誘い、
駅近くの呑みやへと急ぐのでした。うまいけどクヤシイ味の生ビール。
散々呑んだ酔っ払いの耳に「水曜も練習あるんだぞ、
水曜も来いよな」などと言う声が響くのだったが
つくづく、フットボールは狂気の深い洞穴なのだと思う。
アタマのオカシイ人だけが 残っているのだ。

◇参加者(敬称略)
津吹、さくら、三角
 曽根、下四日市、川上、石川、牲川、江頭、林
峯田、増村、古石
助 チビサブ
計14名

◇1本目
        増村   
牲川  下四日市
  峯田    川上
曽根 江頭 古石  石川  
GK   チビサブ

◇3本目
  増村  三角     
チビサブ  下四日市 
  峯田  川上
牲川  江頭  林 
    古石
GK   石川

◇得点
1本目0-0
2本目1-1ちびサブ
3本目2-0ちびサブ2
4本目1-1ちびサブ


二十一日・土曜
藤沢とは、どこにあるのか。もはや旅である。
時間がどんだけかかるか判らないので、朝八時、車で
越谷まで乗せてもらい、電車。藤沢駅で、駅ソバ食って
外出て、アイスコーヒー。江ノ電が走っている。小田急線で
江ノ島まであと少し。この小田急線に乗って二つ目の善行。十一時半すぎ。
駅を降りて、藤沢体育センターの位置はだいたい判っていると
左の道を行った。するとサッカー・グランドが見えた。ところか゛
金網があって入れない。そのまま左に歩いて、どっかから
入れると思ったら大間違い。グルーっとどこまでも金網や家並で
結局、左回りで広大な敷地をあるかされる羽目になつた。十二時ころ
やっとこ正門を見つけて、入ったはいいが広くて今度はさっきの
グラウンドがわからない。現地の人に聞いてヤットコたどりつく。
しかしグラウンドは二つあって、ひとつは土、もひとつは芝生で観客席つき。
どっちでも試合やっている。さてどっちだろう。すると浅見さん到着。
やがて古石さんの車。四日市さんがコッチだよと芝生の方へ。
メンバーが十九人もきたので、曽根さんが面子配置に苦心している。
3チームで変則試合。先発でホワード、開始十分くらいで
私と もひとりの二名交代。つぎの試合、こんどはタップリ出る。
ロングボールを正面で受けず、またしても流して取ろうとして
「なにやってんだあ」と叱咤される。ペナルティエリアでパスを受け
横にパスを出したら、味方などいなくて相手にパス。てっきりカベさんが来ていると
勝手に思い込み、確認しないで出したのだ。相手はギョッとしたし
ベンチから「なにやってんだ、こらー、追えー」と大叱咤。
まったくよお、チャンスなんてほとんどないのに、自ら潰して
自己嫌悪の気分タップリ。シュートに至るそれ以前のまま終了。
紺色のチームは、組織的に走りまくり、うまかった。
試合終了後、三時。なんと、4時からいつもの練習がアルという。
「さっ、相手にパスなどしないよーに、練習しよーね」といわれ
ベンツ500クラスに乗って、いつもの練習場。
4時すぎから、十五人でミニゲーム。パスをもらいに行くタイミング、
パスをカットに行くタイミング、うまい人はその瞬間を、感覚で覚えている。
私も、綺麗に流し込まれたパスに、ピッタリ合わせて、低いシュート
決まって気持ちいい。すべてが、無意識のうちに動くまで
鍛錬の山があるだけだ。
歩いて、風呂屋。バスで野毛、本日はフライ屋を通り越し
おでんやさん。だがこの店、ジミヘンドリックスのポスターがデカッとあり
流れている曲が、オーティスレディング。そして知った。
おでんに、ソウルは、似合うのだ。しめ鯖と味の刺身で、日本酒
女子二名と森夫妻と五人、店のギター弾いて、ディランとバンドの
アルバムりくえすとして、あー楽しいのー、それにしても胸に
チクチクするのは 相手へのパス。


十五日・日曜
古河電工のグラウンドで3チームによる3十分ハーフの試合。
ピッチはデコボコで草のあるとこと無いトコとか、明らかに危険な状態。
浅見さんか゛ジョギングして転んでた。こりゃあ足くじいたらマスイなという状態。
先発で左ホワード。ニトップの少し下がり気味。カベさんとの間にいる。
古河電工は若者たち多く、ふだん使っているこの荒地
こちらが不利かとおもいきや、ヨコハマ・タソガレの中盤やバックスは強い。
そして私にも、数少ないチャンスが来た。林さんが左サイド上がって相手の
ボールをカットしてこっちにパス。一度は受けてドリブルするも
トラップが強くて相手にあっさりカットされる。そしてもう一度のチャンス。
右ホワードがキーパーと競って、キーパー左に飛び出し、そこから
私にポールが来た。チャンスだ。だが相手のバックスが目の前に積めてきている。
左足が得意だが、今、打つしかないと右でキックするもコースはふさがれていて
左にはずす。ああ、ここで一発フェイントでバックスをはずせれば、あるいは
左足だったら、ループ気味に浮かせられたらと、クヤシサが頭の中いっぱいにこみ上げてくる。
相手のバックスをかわす技術がなく、しかも足が早いわけでもない、
そして、ボール・コントロールもおぼつかない。
「できねーんだから、誰かかモライに行ってやれよお」と叱咤が飛ぶ。
めちゃめちゃクヤシイ、そしてなんとも情けない。
キーパーからの浮き玉、落下の位置へ行くのがピタッとできず、躊躇している。
古石さんから、なんとかボールに寄ってくれーと言われる。
三十分終わって〇対〇。次に別なチームと古河チームがやり
古河ニ点くらいいれてた。そしてその負けたチームとタソガレがやる。私や数名は休んでる。
タソガレ、相手のバック・ラインをスルスルとなんどもぬけて、五点くらいとる。
ふむふむ、このチームなら、私も初ゴールできるやもしれぬ、などと
思わせるほどの感じ。しかし次にやるのはさっきのチームだから、ありゃあ強いなあ。
あたりは暗くなり、雨雲がやってくる。こりゃあ降るなあとおもいつつ、
さあ、次出番だぞといわれても気合い入れていると、ザアアアアア。
あたりになにもなく、木立の下に座っていても、雨の野郎はゴワゴワ降り
しかもヤケに冷たい。みればヒョウも混じっている。雨脚は激しく簡単に止みそうになく
身体はビショビショ、グランドびゃびしゃ、そして試合の中止が告げられる。
くっそー、もっとやりたかったなあと冷えた体で、シートの屋根で避難しているほかの
チームのなかに入って思う。雨はしばらくして、通り雨のスカッとした晴れになり
もっとヤリタイよーの気持ちが雨上がりのグランドに広がるのでありました。


14日・土曜
4時から練習。古石さんとパス。
古石さんの強いパスへのトラップ、わかっちゃいるけど強くはじいてしまう。
あれー、あれれーと、そのたび笑われる。
腰を痛めておられた四日市先生二ヶ月ぶりの出馬。そして二ヶ月間の空白を埋めるがごとく
烈火の叱咤を頂く。「ボールを渡したあと、ボケーっと見ているのでなく、
きちんと、相手を追い詰める。」。曽根選手からのアドバイスは
「どうしても、自分で持って抜けようとするが、やはり、回りに
パスするべし」。そして、普段の自分がやっているような行為を
やはり新人ぽい人がやっているのをみて、なるほど
流れを壊しているのが判る。それはまるで、バンドのリズムの曲とは
別の曲をやっているようだ。しかしその姿こそ私なのだ。
なるほど、これでは回りはタマランだろう。最後のほうでも
もらったボール、さてどーすっかとトロイ判断していると川上ジュニアが
つめてきて、カット状態になり、「何ヤッテンダア」と四日市火山噴火。うー。
万歩計一万五千。


五月七日・土曜
昼まで雨。本日より夏時間とかで、4時から。
グランドの門やロッカーの鍵が、何物かに壊されて
イタズラされていたらしい。
少し水たまりがあるので、レーキみたいなやつでならす。
陽射しは暑く、身体も重いので、バックスをやる。
スローイン、走ってもらいにきた人の後ろに
マークがついていたので、もっと後ろの人に投げたら
川上選手に、コラーと激怒される。何でもらいに来たやつに
出さないんだあ。本日もしっかり、相手にパスしてしまう。
ボールを取りに行くタイミングが、わからない。
今、つめるべきなのか、それともコースをふさいでいるべきなのか。
躊躇していると、川上さんに「今の取れるよお」。
せっかくパスしても、思いっきり空振りなどされると
ガクッとくるのだが、なるほど、このガクッという気分を
みんなに与えているのだな。前進あるのみ。精進あるのみ。
ユニホームのサイズ、馬鹿でかいとカッコワルイよの声で、XOにしてもらう。
水野さんの車で、いつもと違う風呂屋。体重は五。
バスで野毛。夏時間になると飲酒時間も一時間遅くなるのは
呑み助にはチットつらいのう。フライ屋は満員。ビールんめええ。
キンメ、シマアシの刺身んまい。


三十日・土曜
3週間ぶりの練習。暑い。
しかも体重が増えて、身体重い。
浅見さんとロングキック。彼の距離ほと゛
飛ばないのは、当たり方が足のつま先のせい。
いつもより人少なく、十人ちょっとでミニゲーム。
石川さんのバックスを抜いてのゴール、気持ちいい。
そのあと、暑いので下がって、守りをやってみるが、
オウンゴール、そして競って負けてのゴールなど
クヤシイことの連続。
パスが弱い。弱いと相手に詰められる。
3試合やって、終了。カベさんの車で風呂屋、そのあと
野毛フライ屋にてビールんまい。つまみもパクパク。
それからもー1軒にて日本酒にシビレル。


九日土曜
花見でバス路線が渋滞。3時、台本配達員が
わざわざ練習場まで台本持ってくる。御苦労様。
すごい暑さなのに、短パンを忘れてしまい、ジャージまくってやる。
また、パスが弱くて、どっちつかずの位置に出したりする。
トップでボール受けて、ただやみくもに
前方にボール出してしまい「何やってんだよ、誰も居ないだろう」と叱られる。
それにしても、色んな人が、その人柄をプレイする。
なるほど、音楽と同じ、プレイスタイルに各自が出るのだ。
2週間前に痛めた左足の親指。まだ痛いのに
またもやつま先キックしてしまい激痛。どうしても
焦ると、つま先蹴りしてしまう。その代償がこの痛み。
せっかく痛い思いして蹴ったのに江頭選手余裕のクリア。
暑くて、動くとキッチリきつくなる。右の体側の腰のあたりの筋肉が
一昨日あたりから張っていたが、とうとう、パチッという感じで
激痛が走った。痛くて途中退場。こりゃあ参った。
風呂屋に行く。湯船に入ったら、森さんに
「痛いときに、暖めちゃあダメなんだよ」と言われる。風呂上り八五。
今夜は花見。魚屋の二階で窓の外は桜並木。んーいい風情だ
三味線の音があれば日本情緒たっぷり。
本日は、つばくろ会とヨコハマたそがれの合同花見。
十人で魚刺身つまみに飲む。腰の筋痛いといったら、江頭くんが
湿布をくれた。感謝であります。日本酒飲んで花よりマグロ。


三日・日曜
いい天気。バスで常盤台公園を目指す。バスの運転手に
聞くと、「常盤園前で降りてください」と言われて降りたが
どこにも案内が見当たらない。目の前にはお墓の坂。そこで
坂とは別の道を降りてくる人に聞くと、この道をどんどん行くとガストがありと
やたら歩くようなのだ。変だなあと思いながらドンドン歩き
ガストを左折、またあるいてローソンみたいなとこで
アクエリアス買って道聞く。丘の上ですでにどこかの試合。
やがてメンバーが集まる。本日、ヨコハマ・たそがれチームは
同時刻に、別な場所でシニア・チームの県リーグをやっていて、
市リーグのほうでもやるので2班チーム。一応五十代が三人
入ってるか゛助っ人はみんな若い。だが相手は
現在一位のチーム。明らかにサッカー部だつた若人たちの
二十代チーム。水野監督が、「はい、相手は強いから
0対7くらいになっちゃうかもしんねーけど、元気出して行こう」などと
明るい声で不吉なことを言う。十一人の召集に十二人と、ひとりしか
控えのない状態で、ついにワタクシ先発させていただきました。
升本氏との2トップ。せっせと前から相手にプレッシャーかけて
走りまわる。相手はほとんど接触なく、早く展開していくが、こっちも健闘。
高いボールが上がると、どうも落下の位置に辿りつくのが
アイマイでまったく負けまくり。「コラー、何やってんだあ」と叱咤。
浮きダマのパスを胸でトラップせずにかわして、走り追いかけようとしたり、
そしてカウンターからセンタリングにヘッドで合わせられて
ついに失点。くそー。それでも試合は続き、こちらの中盤の十一番が
頼りにならない私の前をぬけて、バックスと競り勝ち左から
森さんの「打て」の声に打ったボール、右のバーに当たり、
森さんのところに転がる。おおチャンス。そして森さんは蹴って
ネットゆらすが、ああ右のサイド・ネット。惜しい。惜しい。
こうして前半終了。ここでワタクシ交代。後半に入り、なんと相手が
前半はメンバーが一人来なかったとかで、十人でやっていたらしい。
後半十一人になり、確かに相手は押し気味が歴然。それにしても
本当に接触が起こらない。その前で処理しているのだ。そして2点目を
入れられる。我がチームそれでもガンバルが、オフサイドっぽいのを
決められて三点目を取られて、終了。うー。あっちは強いわなあ。
でもこっちも健闘したと思うよ。
終了後、セルシオに乗って関内に行く。それから港のそばのラーメン屋で
ビール、焼酎と飲み、4時。お花見クルーズにヨコハマ港にゆらゆらと出る。
んーまい赤ワインを飲みながら、海の上からみるヨコハマ。
そして桜1分咲きの川を上っていくころは、酔っ払い親父たちの
貸し切り船は、わはははは、桜咲いてるぞー、チラホラ。
陸で手振ってくれるのは、子供と酔っ払いだけ。1時間のクルーズの
あとは、バルに行き、ギター弾いて酒飲んで、わいわいとなっていったのだ。


四月二日・土曜
3時から練習。浅見指導員にロングキックのアドバイス。
なかなかクセを直すのは、難しい。3チームで試合。
どうしても、ボール持つと突破したがり、囲まれてしまう。
カベ指導員に「お前ひとりでサッカーやってんじゃないぞお」とキッチリ叱咤される。
その場その場でのポジショニングが、どうも判らない。
試合後、風呂屋のあとバスで野毛。いつも入れない
ヤキトリやに入り、狭いがウマイやきとりをタラフク飲酒。


三月二十六日土曜
いい天気。ゲーム前にカベさんに、ボールの受け方の指導をしていただく。
身体をボールに正面で受けるのでなく、半身になって受ける。
相手のプレッシャーが左からきている場合、左足を軸足にして
右足で受け、右に回転して抜く。プレッシャー無しの場合
左足でうけて前方に流し、それをスバヤク右足で転がし左でシュート。
何度か、繰り返して、ミニゲーム開始。人が多くて途中で3チームに分かれる。
コーナーキックへの守り、キチンとマークへのプレッシャーやっていないので叱咤を
くらい、斜めから着たパスにきちんと対処できずに叱咤をくらい、
ただ漫然とスペースに立っていることに叱咤をくらい、
オフサイドラインをいつも意識してて、ほとんど引っかからないのに
二度も完全にオフサイドになっているのに気づかず、そして
シュートだ蹴れの声に蹴ったら、すでにボールが相手にガートされ
その足のカカトを思いっきり蹴ってしまい、左足の親指を強打。ヘンな音がした。
痛みは段々酷くなりつつ、それでも試合を続ける。コーナーキックのボールが
きれいに、私にむかってきたのでヘッドで合わせてゴール。
ヨクデキマシタのコールをいただく。えっへん。こうして、叱咤の山、ミスパス
判断の遅さと間違いを繰り返しながら、少しづつ、何かが見えてくるのであります。


三月二十一日・月曜
いつもより早く駅につき、ゆっくりとコーヒー屋にいる。
ポカンとした時間。こうしたポカンとした瞬間など
ほとんどないから、なかなか味わい深い。
バスで公園に行き、前の試合を見ている。林さんはすでにスタンバッいた。
一緒にパスする。私はまだまだロングの精度が無い。
本日もユニホーム無しで、配給を待つが出番近くまではもらえないので
これまた落ち着かない。試合は始まり、相手の若人集団
まとまりがあり、早い、完全におされたまま、失点。そしてフリーキックがバーに
当たり詰められて失点と、3失点。後半になり、残り十五分くらいで
森さんと交代で出る。カベさんとトップとの間に居る感じで、汗かこうと
走りまわる。一度、目の前に出されたパス、あのスピードに追いつければ
打てるのに、やはり足が追いつかない。それでも
試合というものに少しは慣れた。なんとなくスルべきことが
少しは見えるようになった気がする。相手は余裕でヘラヘラ
話し合いながら、最後はオーバーヘッドで五点目を決め
ボコボコにされて負けた。動きも速く若くて上手い、完敗。
全員が不平と憤慨のなか、初めての大負け。

 
□横浜市リーグ  ヨコハマ 0-5 フーツバル
<参加者>
下四日市、石川、峯田、増村、林、牲川、川上、
竹田、森、池田、古石、大江、江頭、河野、
舛本、、山下、牲川甥っ子
以上17名

<前半>
    舛本/森  牲川
   竹田   川上 
     大江 峯田
江頭   池田 林
      古石
     GK 河野

<後半>
森/増村  牲川
 竹田   甥っ子
 峯田/下四日市 川上
山下  池田/石川 江頭
      古石
     GK 河野

<得点経過>
前半
20 フーツバル    0-1 
25 フーツバル    0-2(右サイド突破され45°15mのシュート)
30 フーツバル    0-3(FKからバーに当り押し込まれ)
後半
55 フーツバル    0-4(シュートバーに当り、DFのOG)
65 フーツバル    0-5(左サイドからのセンタリングに一人フリーで
オーバーヘッドシュート)


三月十二日土曜
練習。名前の知らない人とボール蹴る。
ロング・キックになったら、まったく不正確で
しかも、受けるのもチャンとできず、ヘタもここまで来ると
恐ろしい。まあ、やっていないことは出来ないのだ。
ミニゲームになり、バックスをやってみる。すると
いままでと違ったものが見えてくる。林さんが一対一から
おもいっきり蹴ったボール、顔面でクリアしたが、痛い。
こーいう時は、クルッと身体返すのか。
コーナーのボール、ヘディングでクリア。しばらくバックスやったあと
トップにいきあちこち走りまわる。川上さんからのパス
もらってシュートきれいに外す。フエフエとジュニアに笑われる。
カベさんに、「ボールもらうなら、そんな所にいたって
もらえないぞ。いまのはワンツーで動くべきだろー。」
最後には、ルリコさんにパスして走り出したら、
「こらー、無責任なプレーすんなー」とシッカリ忠告されて
試合後に、地面に図描いて説明された。
「相手のうしろにふたりもマークいるのに、パスしたあと
走り出して、ボールがもらえると思っているのは、おかしい。」
うーむ、難しいのう
「サッカーつーのは、頭使うものだよ。アタマ」くー。
そのご風呂に行き83。野毛のフライ屋にてビール。村田屋にて
ジェフ対柏見ながら飲酒。楽しや楽し。


> □日本マスターズ2005年 神奈川県第一次予選
> ******************************************
> 1)03月05日(土) 09:15 KO、集合 08:30
> ヨコハマ 5-1 駒寄FC
> 2)03月05日(土) 11:05 KO、集合 10:20
> ヨコハマ 1-0 かながわクラブ
>
> 藤沢体育センタークレーG 雨天決行
> ユニ:緑 (番号は登録済みのもの)
> ******************************************
>
> <参加者>
> 下四日市、石川、峯田、曽根、増村、(林)、
> 牲川、川上、竹田、木村豊、岩倉、森、古川、
> 森田、備前(1試合のみ)、池田
> 古石:応援、以上17名
>
> 1試合目 ヨコハマ VS 駒寄FC
> <前半>
>      森/森田  牲川
>     竹田 川上 
>      備前 峯田
> 下四日市   池田 曽根
>       木村
>      GK 石川
>
> <後半>
>       牲川 (林田)/増村
>     竹田 川上 
>      備前 峯田
> 下四日市/曽根  池田 古川/岩倉
>         木村
>        GK 石川
>
> <得点経過>
> 前半
> ヨコハマ    1-0(OG) 
> ヨコハマ 2-0(川上、アシスト:牲川) 
>
> 後半
> 駒寄  2-1
> ヨコハマ 3-1(下四日市、アシストなし)
> ヨコハマ 4-1(竹田、アシスト:下四日市)
> ヨコハマ 5-1(木村豊、アシストなし)
>
> 2試合目 ヨコハマ VS 神奈川クラブ
> <前半>
>      森  牲川
>     竹田 川上 
>      曽根 峯田
> 下四日市   池田 岩倉
>       木村
>      GK 石川
>
> <後半>
>  森田  牲川/増村
>     竹田  川上 
>      古川 峯田/牲川
> 下四日市   池田 (林田)/峯田
>       木村
>      GK 石川
>
> <得点経過>
> 後半
> ヨコハマ  1-0 (牲川、アシスト:竹田)
> 勝点 6 得失点差 5


五日土曜・日本マスターズ2005・神奈川県・予選
朝、カベさんの車で、藤沢の競技場までいく。なぜか
手配師宅より、小型ギターを抱えてきた。
グラントは水溜りができて、みんなで水をかき出したりしている。
三十八番のユニホーム。四十代以上のリーグなので
頭の毛のない人たちや太った感じの親父とかいるチームとか、でも
やっぱりみんな年期が入ってるから、それなりにうまい。
今日はニ試合。3十分ハーフ。天気がいいのだが、ピッチはドロドロ。
靴はいて走ると、ヌルヌルすべる。「なんだ、スパイク持ってこなかったのか」
しまった。いつもの練習用の小さいデッパリのを持ってきた。
「ギターなんか持って、スパイク忘れるとは、なやってんの」と呆れられる。
試合が始まる。相手のオウンゴール。試合はヨコハマ押し捲りで
キーパー退屈状態。得点ドンドン入り、「マス、スタンバイしな」と言われ
走りたし、林さんと交代。ボールの競り合い、相手のショルダーチャージの
巧みさで、きたボール取られる。くそ、足も速い。くそ。
ついに見かねたカヘ゛さんが走ってきて「触るなー」と
叫びながらボール奪還していった。なんという情けないこと。
あーあ、やんなっちゃう。十五分くらいやってハーフタイム。後半はまたベンチ、
途中から、また入る。ヨコハマ押しまくり、五対Tで勝利。
一時間後、次の試合。こんどのは四十代前半ばかりのチームみたいで
まとまりもあり、動きも速い。これは手ごわいと見た。一進一退なれど
ヨコハマ中盤、バックスなど巧みに守り、カウンター気味から
センタリングに走りこんだ牛生・川選手ヘッド合わせて、ゴール。
やったー。石川さんが、{牛生川と増村交代させろー}、ええ、得点してがんばってるのに、
とベンチ。でも石川さんが言ってるだから、ホラ行けと出る。
出たとたん、来たボールトラップしようとして、トンネル。敵味方みんなが
凍った目でコッチを見ている。後ろに水溜りがあり
ボールはとまってラッキーなれど、まったくなあ。一対0のままハーフタイム。
後半はベンチ、そして残り十五分くらいでまた出る。そしてついに
チャンスが来た。ペナルティエリア内で混戦からボールが目の前にころがってきた。
やった、これを蹴れば、ゴール、初ゴールだ。キーパーは真中に居る。
左に蹴るんだと、蹴った玉は、あせりと初ゴールの幻想とのなか、
完璧にミートせず、前がかりで当ててしまい、勢いもなくバックスの正面にあたっちまった。
くっそおおおおおお、もっとミートしていれば、あと何分の一秒が溜めてから打てはなあ、
くやしいくやしい。しかし試合はドンドンすぎて時間稼ぎをするヨコハマのボール回し。
相手はあせりベンチから声が沸くなか、ピッピッピーと終了。2戦2勝。強い。
それからカベさんの車で横浜に戻り、おいしいラーメン屋に行く。
ここはセレソン世界一の翌日に行った店。チャーハンとラーメンセット890円
うまい。そのあとそばのコーヒー店。ここは宴会できたことある店、ギター何台も
ぶらさがっているのを弾いて、それから・・・なんと3時から
いつもの練習があるのだ。呆れた。ニ試合やったあとに、定例の練習をやるんだから。
こうして、いつもの練習。ミニゲーム。しかしさすがにいつもより
みんな動きすくなく始まり、2時間弱で5時に上がる。途中で四日市指導員に
叱咤を頂く。「どおして、ボールをきちんと受けられないのか、それは
身体で相手が゜きてもキチンとブロックする という形ができていないからだ」。
うーむ。むずかしいのだよ。綱島温泉へ行く。
赤い車に乗り、ボブマレー聞きながら温泉着。四百円でコーヒー色の湯につかる。
ああ、極楽じゃのう。髭剃り二十円なれど、これが剃れない。風呂上がって
ビール飲んで、曽根夫妻たちと別れて、しぶい飲み屋で日本酒ドンドコ飲む。
ああ、ハードデイズナイト、しっかしくやしい、あのゴールチャンス。くう。


□市リーグ
ヨコハマ 1-2 FC Jaws
******************************************
01月30日(日) 11:00 KO、集合 10:20
本牧市民公園G 
ヨコハマ VS FC Jaws
******************************************

<参加者>水野、大江、池田、江頭、神木、木村豊、
林、下四日市、舛本、峯田、増村、石川、大隈、森、成美本
曽根、手塚、石井、浅見
木村一(応援)

<前半>
       石井 
林    成美本 浅見  
     大江 峯田
手塚    池田  大隈
        木村豊 
     GK   神木

<後半>
         舛本
増村 下四日市 成美本 
    大江 江頭
 神木    池田  大隈
        木村豊 
     GK   石川

<得点経過>
10 ヨコハマ    1-0 (林:アシストなしFK)
25 FC Jaws    1-1  
50 FC Jaws    2-2

□南区リーグ

ヨコハマ 1-1 蒔田クラブ
******************************************
01月30日(日) 15:00 KO、集合 14:20
本牧市民公園G 
ヨコハマ VS 蒔田クラブ
******************************************

<参加者>水野、古石、池田、江頭、林、下四日市、
舛本、峯田、増村、石川、成美本、曽根、手塚、川上、
竹田、牲川

<前半>
  増村     舛本 
下四日市   成美本
     峯田  曽根
林    池田  石川
        江頭 
     GK   手塚

<後半>
牲川     舛本 
 竹田     成美本
     古石  川上
下四日市/曽根   池田 手塚
        江頭 
     GK   石川

<得点経過>
45 蒔田ク 0-1
55 ヨコハマ    1-1  


クラシコ2004カンノウ

十一月二十一日・日曜クラシコ、バルサ対レアルマドリ
夕餉のあと仮眠とったのに、深夜を回り眠気。普通なら寝るのだが、しかし
クラシコを観戦するというニンジンがあるので、フラフラになりながら
脳味噌煮詰まりながら、それでも下書き続行。十二枚。
朝風呂入って、赤ワイン持って、さあ6時。カンプノウ全体にカラーの色彩。

  ガウショ、、エトゥ、ラーション
    シャビ、デコ、マルケス
プジョー、じお「ファンブロンク」・ベレッチ、オレゲル
     ビクトルバルデス

ロナウト゛、ラウル
ジダン・銭男・ベッカム・グディ
サムエル、バボン、サルガト、ロベカル
カシージャス
もー、立ちあがってテレビ見る。いいところでは拍手。バルサの動き素早く
寄せる。全体の動きが速い。銭男がボール持つとテレビ画面にウー。
そしてガウショのロングにロベカルとキーパー、一瞬のお見合い。
その隙間にエトゥ殺到し、キーパー抜いて無人のゴール。
わははははははははは。よーし。三十分バルサ、攻めまくり、
怒涛り攻めとはこりことだと、雪崩のごとく大波のごとく、カッコイイ
気持ちいい。立ってみているので、カンプノウに居るみたいだ。
そして42分、ガウショからデコからジオと短くつないで、ジオがゴール。
わはははは「勝った、こりゃあ、勝った」。
前半で、2対0。こうした試合、後半になると、もーっと点が入るかと思うと
以外と前半とは違って、点が入らなくなったりするものだが、やはり
後半、バルサは多少守備的になったちゅーか、ガンガン封鎖して
攻めてくるという勢いは少し薄れた。それにしてもレアルマドリと
バルサの動きの差は、何だろう。そのひとつは、アキラかに
バルサ選手の年齢は若く、マドリは年老いてピークを
過ぎてきているという点。それが素早い動きの差を作っているのでは
ないだろうか。ロナウドとガウショ、銭男とデコ、新旧の交代なのだ。
後半、エトウが倒されPK。ガウショが決めて、三対ゼロ。
勝ったな。もー間違いない。こーなったら伝説の5対0でも
再びやってもらいましょー、つう感じでワイワイうへへへ。
そしてタイムアップ。今、リーガで一番強いのは、何処か、それが
証明された。
ペンションチキートのページには、花火が上がり、「七ポイント差」の文字。
あー、楽しや楽し。こんなイイ気分の朝は、ほーんとに
久しぶりだ。バルサありがとー。凄い試合だった。


二〇〇四クラシコの当日券
チキート情報によると、クラシコの当日券が発売され
チキートに泊っている人十人くらいが定価で買えたとある。
二年前のクラシコ、そんな券発売されなかったが
なんとも、おおらかな。まるで宝くじの当選券が
当日券で発売されるような話です。しかし一人4枚買えるとあったが
日本人相手に、ダフ屋ができるではないか。


バルサ

一節ラシン戦・0対2

17・ラーション・交代・24イニエスタ
9エトー
8ジュリ
5プジョール
6シャビ
20・デコ
2ベレッチ
3モッタ
4マルケス
ファンブロンクフォルスト・交代23オレゲール
T・ビクトール・バルデス

ガウショ怪我で休み。

得点65分頃・ベレッチ左からクロス、ワンバウンドに合わせてジュリ
73分頃シャビが倒され、PK、エトー



2006南米予選

十一節・エクアドル対ブラジル
一番ジダ
二番カフー
三番ジョアン
4番・ホッキジュニオール
五番レナト
六番ロベカル
7番ジュニーニョ
八番カカ 八一分、アドリアーノ
九番ロナウド
十番ロナウジーニョ 七五分交代・十五番ドウドウ
十一番クレベルソン・六五分交代十七番リカルジーニョ

十一月十八日、朝6時から。エクアドル、キト。二千八百メートルの高地。雨。
エクアドル、ホームで無敗。
セレソン六時間前到着。前半エクアドルやや押し気味。
コーナーキック4本対1本。
空気が薄いのか、セレソン動き悪い。ロナウドも三日後の
クラシコのためにダラダラなのかつー感じ。
十九分と四四分、カカ決めろー。決まらない。
控え、アドリアーノ、ドゥドゥ元柏レイソル、ジュリオバチスタ、ルシオ、リカルジーニョ

七七分、エクアドル、八番のシュート、三番ジョアンの足に当たり角度変わって
ジダ届かず左隅にゴール。アドリアーノ投入。遅いぞコラー。
凄い切り返しでのパスにロナウド合わせられず。ロスタイムたったの二分で敗戦。
初の黒星。5勝5分け1敗で、たぶん2位に後退。
しかし、つまらない試合。ホームのエクアドルの方が気合いもあり
動きがいいのは、高地のせいばかりなのかいな。
ロナウドもここで点取れないなら、クラシコで取るんじゃないぞ。
アドリアーノ、もっと早く投入だろう。パレイラ監督ー。
エクアドル南米予選でブラジルに勝つのは、これで二度目。フチボールの世界は
ここでも均質化している。ブラジルが衰えたのではなく、
世界の底が上がってきたのだ。


コパアメリカ・いん・ペルーニ千四

第一戦・チリ
一番ジュリオ・セザール
二番マンシーニ
三番ルイゾン{インテル}
4番ジョアン
五番エナト
六番グスタボ・メリ
七番アドリアノ  交代二十一番リカルド・オリベイラ バレンシア
九番ルイスファビアーノ{サンパウロ}
十番アレックス{クルゼイロ}
十一番エドゥ{アーセナル}
十六番・ドゥドゥ「柏レイソル」 交代十九番ディエゴ
           交代十三番メイコン

ううむ、これがセレソンか、つーくらい魅力の無いチーム。
こんなのを昔みたら、ブラジル・ファンなんかにはならないなあ。
取らなくてもいいへんなピーケーを決められないチリ。締まりのない試合。
こんなただ出てるだけのセレソン、予選敗退じゃないのかー。
二千メートルの高地で、空気薄いつーのか、ダラダラしてます。
後半も四十五分、コーナーからルイスファビアーノ、ヘッドで
やっとこゴール。T対0。監督パレイラ。ザガロ老人もコーチか。


決勝戦・対アルゼンチン戦

七月二十六日朝の五時、生中継。ブラジル2軍対アルゼンチンほぼT軍。
互角の激しい展開で始まったが、ジワジワと一軍の強さが出できて
ニ十分、ピイケイをキリゴンザレス決め、アルゼンチン押し気味で
前半ロスタイム、アレックス十番からのクロスにレイゾン三番のヘッド一発で同点。
後半になるとアルゼンチンの一方的な押し捲り、それをしのいで
こりゃピイケエ戦かとおもっていると、四十二分クロスボールを
ヘナトがクリアしようとして空振り、そのうしろからベルガード蹴ってゴオル。
アルゼンチン勝利、そしてロスタイム、ブラジルの放り込みに
アドリアーノ中央からすばやく振り向いてのゴール。凄い、得点王にして
今大会の噴火男は貴方です。ニ対ニに追いついて、ピイケイ戦。
アルゼンチン、一人目、二人目と外し、4対2でブラジル勝利。
涙のアルゼンチンと、棚からぼた餅アドリアーノで、ブラジル優勝。


七節チリ対ブラジル
南米六月七日月曜、朝十時半。
南米はブラジル・ペルー・アルゼンチン・ボリビア・パラグアイに行った事るが
この細長い国チリは、また゛行ってない。赤く染まったスタジアムで
ホームのチリは攻めるが、ロベカルの露骨なハンドを主審は取らず
スタジアム騒然となる。十六分十番ルイスファビアーノ、キーパーかわしてゴール。
後半二十六分カカがジュリオバティスタと交代。四十数分カフーが相手の後ろから
ヒザ当たり、露骨に転んだらピーケー。でもこれ、ピーケーかなあ。同点にされて試合終了。
ぱっとしない試合です。


六節ブラジル対アルゼンチン
六月二日木曜。・朝九時半。
我が家の解体がなければ、現地で見ていたであろう試合。
前大会のこのカードを、サンパウロで見たのでした。
アルゼンチン怪我人多く調子も悪いとのアナウンスのなか
セレソンのメンバーで、ロナウジーニョ怪我で召集されていないのは残念。
一番ジッタ
二番カフー
三番フアン
四番ロッキ・ジュニオール
五番エジュミューソン
六番ロベカル
七番フェルナンド・ガーノ十五・ジュリオバチスタ
八番カカ・十六・アレックス
九番ロナウド
十番ルイスファビアーノ  エドー
11番ゼ・ロベルト

前半十五分ロナウドPKゲット。きっちり決めて
ひと安心で見ているが、チャンスはカウンターのアルゼンチンの方が
多いくらいで、エリア内に放り込まれてヘッドがフリーでやられている。
後半二十二分またもやロナウドPKゲット。まんなかに決めて
これは勝ちだなと見ていると、アイマール、サビオラが投入され
速攻からソリンのヘッドで一点返される。一点差になって試合は緊張感か゛
でるが、ロスタイム3分のなかで、ロナウド3度目のPKゲット。
主審の気前のよさにワハハとなる。勝ちにはかったが
南米最大のイベント、調子悪さ比べのよーでした。
十番ルイスファビアーノ、いらねー。カカがんばっていたー。
ロナウドやはり最後は相手が反則してしまうところが凄い。。
ロナウドがソリンかだれかにユニホームつかまれ、それがぬげてきて
顔にかぶってしまうのが笑えたのと、ニ点目のゴール直後の
観客の派手な親父が楽しい。なにはともあれ、これでトップ。


第四節・ブラジル対ウルグアイ

十一月二十日朝九時。二日酔いで寝ぼけて見る。
ブラジル、コリンチーバ。放送回線がボロボロで画像が切れまくり。
二十分、ロナウドからリバウドからカカ。ゴール。
三十分、ゼロベルトからロナウドぬけだしてキーパーかわしてゴオル
セレソン、圧倒的なボール支配。

一番ジッダ
二番カフー
三番ルシオ
四番ホッキジュニオール
五番エナト
六番ジュニオール
七番カカ
八番ジルベルトシルバ
九番ロナウド
十番リバウド
11番ゼロベルト

前半終わって2対〇。楽勝じゃんと寝る。夜、食後録画をあたまから見る。そして
録画の後半みつつ、どーせ勝ったべとネットで検索したら、3対3の引き分けだと。
何やってんだとビデオ見ていたら、一点入ったあとでテープ切れてる。
標準で録ってたらしい。
2対〇から、なんと三点とられて逆転、残り四分でロナウドの同点ゴオルとのこと。
なにやってんだい、いったい。カフーなんて、引退じゃねーのか。

アルゼンチンも、コロンビアと1対1のドロウ。
四節終わって首位はパラグアイとな。


第三節・ペルー対ブラジル。

十一月17日朝六時すぎから。ペルーのスタジアムにぎっしりの観客。
普段の二倍の値段のチケットで、ブラジル登場。前半二十分、リバウドの
転びを主審とって、PK。リバウド決めて、見てて緊張が切れ、なんとなくダラダラ。
後半もこのままとおもいきや、ペルーのソラーノ、走り込んでヘッド合わせて
同点ゴール。満員のスタジアム、ゴワワワワワ。
ペルーもけっこうおして、面白い展開。太り気味のロナウド、逆転のゴールするが
オフサイド。7番カカ、アレックス17と交代。リバウド、ルイスファビアーノ18と交代。
中盤の、ロナウジーニョの欠場、ロベカルの欠場が、展開の煮詰まりになっているのか。
カカがんばりつつもイマイチ。結局1対1のドロウ。
3節終わって、得失点差でアルゼンチンが首位。

ジッダ1
カフー2
ルシオ
ホッキ・ジュニオール
ジュニオール
ジウベルト・シルバ
ゼロベルト11
カカ7
エメルソン
リバウド10
ロナウド9

ルイスファビアーノ18
アレックス17


バルサ・日本ツアー日程

三十日金曜 韓国より午後一時半フライ、三時五十分東京到着
三十一日土曜 練習

八月一日午後七時国立
二日月曜十一時練習とナイキ・フットボールクリニック
     午後一時半バスで静岡移動、五時静岡着

三日練習

四日6時半エコパスタジアム磐田戦
五日木曜十一時名古屋空港から、上海へ


BARCA2003

八・三一・ビルバオ  1対0 コクー
九・三・セビリア   1対1ロナウジーニョ
九・一四・アルバセエテ2対1・コクー、エンリケ
九・二十・オサスナ対1 ロナウジーニョ
九・二八・アトレチコ
0対0
十・五・バレンシア0対1
十・一九・ラコルーニア0対2

十・二六・マヨルカ
3対1・サビオラ・ロナウジーニョ・コクー
十・二九・ムルシ対〇サビオラ・シャビ・ロナウジーニョ
十一・二・ソシエダ
3対3・モッタ・オーフェルマルス・ガブリ
十一・九・ベティス2対1・クライフアト・マルケス

十一二三・ビジャレアル
1対2・クライフアト
十一・三〇・バジャドリ


十二月三・マラガ
十二月・七日・レアルマドリ
十二・十四・イスパニョル
十二・二一・セルタ
一・四・ラシン
一・十一サラゴ

得点者
ロナウジーニョ4
コクー3
サビオラ2
クライフアト2
シャビ
エンリケ

モッタ
オーフェルマルス
ガブリ

マルケス

十二節
1・レアルマドリ26
2・ラコルーニア26
3・バレンシア24
4・
5・バルサ・19

十一節
一位・ラコルーニア  25
2位バレンシア   23

3位レアルマドリ  23
4位バルサ19


むんでぃある・2002・こりあ・じゃぱん

PENTA・CANPEON
BRASIL


ヨコハマ・PENTA・CANPEON祝日七月一日


二千二せれそん

GK3
マルコス 「パルメイラス」
ジダ「コリンチャンス」
ロジェーリオセニ「サンパウロ」
DF8
カフー「ローマ」
ベレッチ「サンパウロ」
ジュニオール「パルマ」
ロベカル「レアルマドリ」
ルシオ「レバークーゼン」
ホッキ・ジュニオール「ミラン」

アンデルソン「グレミオ」
エジミウソン「リヨン」
MF7
ジウベルド・シルバ「アトレチコミネイロ」
クレベルソン「アトレチコ・パラナ」
エメルソン「ローマ」脱臼で役立たず
バンペッタ「コリンチャンス」
ロナウジーニョ「パリ・サンジェルマン」
ジュニーニョ・パウリスタ「フラメンゴ」
カカー「サンパウロ」
FW5
エジウソン「クルゼイロ」
デニュウソン「ベティス」
リバウド「バルサ」

ルイゾン「グレミオ」
ロナウド「インテル」


さあ・勝利の女神よ、
サンバを踊ろう。

せれそん・かんぺ・おおおん、せれそん・かんぺ・おおん
ばったり・オリバーカーンの
腹太鼓を叩きまくるのがセレソンだ。

「夢降るラビットタウン」のたくさんの表紙のなかに、たぶん
「星に願いを」という題のやつで、ペンタがキンキラのカツラかぶって泣いている絵がある。
あれは、九十年イタリア大会で、マラドーナ・カニージャらいんで敗れたブラジル戦の
敗北のスタジアムに写っていた・ブラジル人親父の姿だ。
ドイツ戦にやぶれれば、私はあの親父になるだろう。
98腐ったパリの夜、優勝の前で敗れるということが、何なのか知った。
準優勝くらいクヤシイものは無い。
ヨコハマが、94のカリホルニアになることを、心臓で出来た手、にきり絞めて想う。
二十年間、ブラジル・フッチボールの魅惑にはまり、リオもマナウスもパリンチンスも通過した。
いつか、死んで棺に入る時は、白い和服など着ないで、セレソンのユニホームにしたい。
次ぎに生まれ変わったら、絶対ブラジルのどこかで生まれるんだ。
セレソンに、力を。

むんでぃある・2002・こりあ・じゃぱん


 ブラジルに逢いたい・二千二
  コウベ・シズオカ・サイタマ・ヨコハマ

さあ・ペンタまであと1つ
ポルトガル語で「5度目」は、「ペンタ」

がんばるのよお・
ブラジル

六月三日・トルコ戦 二対一ロナウド・リバウドPK
六月八日・中国戦、四対〇ロベカルFK十五分・リバウド32分・ロナウジーニョ・PK44分・ロナウド55分
六月十三日・コスタリカ戦五対二。ロナウド・ロナウド・エジミュウソン・リバウド・ジュニオール
六月十七日・神戸・ベルギー戦2対〇リバウド・ロナウド
六月二十一日・静岡・準々決勝・イングランド戦2対1リバウド・ロナウジーニョ
六月二十六日・埼玉・準決勝トルコ戦 1対〇・後半4分ロナウド

六月三十日・横浜・決勝戦
ブラジルドイツ


六月二十九日


あでぃおす・いまにいいい・フランス
祝・日本・初勝利

なんてことだ、アルゼンチン予選で敗退。
偉いぞパラグアイ・逆転突破
凄い・韓国ポルトガル撃破で予選突破
祝・日本一位通過・決勝トーナメント進出
見事セネガル、スエーデンをドリブル突破ベスト8進出

日本・散る。心残りの采配、されど健闘に拍手。
参りました。凄すぎる韓国・イタリア撃破。
あでおす・ベッカム音頭とイングラン
こらあ・一発レッドカード三枚目・メヒコ審判、ロナウジーニョ返せ
イスパーニャ・誤審で敗れる。何でこんなに続くのだ誤審の役。


祝・日本一位通過・決勝トーナメント進出

全然・信じられない。「夢にも思わない出来事」が起こった。
世界の格差が急激に縮まっている。
おめでとう日本代表、たった四年で凄すぎる。
次ぎは、欧州チャンピオンを倒したガラダサライの匂いたっぷりの
トルコ。夢の続きを現実で。
十八日三時半・宮城スタジアム・トルコ戦



2002・こりあじゃぱん・観戦記

@アルゼンチン対ナイジェリア六月二日日曜

車原則禁止ちゅーのに、車で行く。利根川ぞいの道、途中、生板地区の古い通り。なにか夢の景色
つげ義春さんの世界のような。潮来ぬけてスタジアムに行く。試合開始四時間半前の
十時すぎなのに人がいっぱい。駐車場はドエラク遠く、その上予約してないのは、別なところへ行けなどと
言われたらい回し的。そこで近くにあった日曜で休みの不動産屋に止める。無料シャトルバスでスタジアム。
そして、九八決勝ツアーの馬鹿組のひとり、と会う。チケット無しが路上で紙持ってる。
ウクレレ弾きながら、やってくるサポーターを眺める。チケットを平気で見せて歩いている人が
時々いて、馬鹿だなー、そんなのやってると、はぎ取られるのが、世界なのに日本の安全平和を感じる。
不思議なことにダフ屋がほとんど居ない。しかもコソコソしている。推測するに、警察から
「今回は、ちびしくヤル」とお達しがあったとみた。いくらで売ると聞いたら、五万円。
馬鹿じゃないの。日本人の普通のカップルが、これまた「カテゴリー1だけど5万円」。誰も買わない。
アルゼンチン女と日系の女3万円。そして、定価にちょっと乗せた値段でいいよという人登場。
スタジアムに入る。アルゼンチンのユニ着ているヤツが多い。
おいおい、こんなに日本人のファンいたのかい。以外とアルゼンチン人が居ないので、ほんとうの
サポーターでいっぱい状態ではないが、それでも、どよめきは、今までの日本試合とは違う。
私は、どちらも好きなチームなので、結果オーライ状態だが、やはり一位ぬけにアルゼンチンがいないと
つまらないと思う。
メンバー紹介。シメオネ、一番人気無い。何故かつったら、九八でベッカムを葬った男。
私はこのシメオネ御贔屓。ナイジェリアのカヌーは相当調子悪そう。
そして、私にとっての2002は、始まった。不思議な気分である。
二度しか別な国で観戦していないが、ほんとうに日本でやっているつーのは、
感動というより、実感が湧かない。これが白日夢的な「夢のよう」というものか。
始まって、そこに九八の魅惑的なナイジエリアは無く、どんどん欧州化する堅い戦術。
私はナイジェリアの九八スペインをボコボコにする破天荒な攻撃が見たかったが
堅いアルゼンチンに潰され、まあ、こうした一点の重さを見せつけられる展開。
私の席はメインスタンドとゴール裏にはさまれたコーナーの上の席。
関係ないメヒコ人が自国の旗を垂らしてエエ加減な奇声を上げている実にマヌケな雰囲気。
後半、途中、シメオネが靴下脱いで、白い靴下をピッチ内に放置したままの態度に
悪いヤツだなと親近感が増す。
そして遠くのゴールにバティの入魂ヘッド決まる。ゆれるゴールネットが印象的。
ナイジェリア健闘するもアルゼンチンが南米王者状態を見せつけて終わる。
シャトルバスで駐車場に戻ると、歓迎コーナーで和太鼓ドンドコ。なんか、日本の
村の歓迎的な雰囲気が、祭りっぽくて、フーンと思う。

ブラジル対トルコ六月三日六時

リバウド、決定期にヘッド。力入りすぎ。ジュニーニョ、お前も力入りすぎ。
みんな、力入りすぎ。そして、トルコ、前半時間のないところで、素早い一発。11番ハサン、クールに決める。
ところで、韓国の主審。まったく、酷い。ロナウドへの反則、あれは、一発レッドだぞ。
抗議されて、イエロー出すし、あちこちミスジャッジ。まったく。
ここで、負けたら、2位通過の可能性大。そしたら、買ったチケットが無駄になる。
後半、五分。リバウドからのセンタリングにバックス三名の間に飛び込んで
ロナウドごおおおる。お見事。その後、ブラジルペースで、リバウド、ゴオル。えっ、オフサイド。
それから、デニユウソン、バンペッタ投入。ロナウド、ジュニーニョさがる。
デニユウソン、ドリブルで抜きまくり。そして、トルコ苦しくなって、PK。
リバウド決めて逆転。それにしても、ああ、苦しかった。
トルコ強い。ガラダサライ強い。しかし、セレソンのバック五番とルシオ、安定感無い。

A日本対ベルギー

十一時すぎ家を出て、品川。あるいて中日新聞社。受けつけで面会票書き、二時の約束。
喫煙室で十五分ほど待ち、担当の人からチケットもらう。浦和までの乗車券買い、電車に乗れば
向かいの席に三名の青組。王子でみんな降りるので、あれココからも無料シャトルバスででるのかと
降りたら、地下鉄が待っていた。また切符買って、終着駅につくとスタジアムが見えた。
うろうろしていたら、マっサンと横銭。あたりには何もないスタジアム。そのうえ、まるで家畜を追うように
板張りのコースが作られ、やけに管理されている感じがムッとする。
入場の門は長蛇。なんでこんなに手間とるんだい。世界中、いろんなスタジアムに入ったけど
日本の過剰にして、どこかマヌケなシステムにウンザリする。手荷物検査する人間が少ないから
ダラダラと時間かかるのだ。早めに入り、ウクレレ弾いてたそがれていた。
隣の隣りは、塀の中作家。プロレスラーも居た。そこでウクレレ弾いて、時間を待つ。
会場のスタッフが日の丸の絵を手渡す。幼稚園の子供が描いたサッカーの絵と日の丸は
捨てられない。日の丸ウエーブが起こる。そして選手入場。
ベルギーの赤いユニホームが緑の芝に補色をつくり鮮やか。そして前半、完全に
背の高さを利用しての放り込みに手を焼き、日本ほとんどチャンス無し。重苦しい雰囲気のなか
鈴木、すりぬけで、ソク打てばいいのに打たず、つぶされ、どよめき。
「何で、うたねーんだよ」と絶叫。回りに、凶暴な親父が居ると、発覚されちまう。
後半、ウルモッツ七番、オーバーヘッドの秘技で一点。ガクーっと会場が静まり
「ああ、やっぱり無理か、明日から、この画像を見せつけられるのか」と思いつつ、ここから
ニッポン・コールはでかくなる。しかし、私は手拍子は叩くが、コールも両手開きもしない。
そして、小野からのロングに鈴木、私の目の前で、バランスくずしながら、ゴオル。
うわわわわわわわわわわ。凄い。日本は強くなった。偉いぞ鈴木。
そしてベルギーの動きは重くなり、稲本、目の前をすり抜けた瞬間
「入れろ、入れろ、入れろ」と脳は祈り、決まった瞬間、ぎあああああああああ
うわうわうわうわあああああああああああ。声、一瞬で枯れる。
凄い。しかし、時間はあり、このままで終わるとは思えないって思ってると、あー
また破られてループで同点。そして、残り十分くらいで柳沢、ピーケー。
やったあああ、あれ。何で取らないんだ。コラ、タコ審判。
絶叫的罵声。そして稲本、やった、やった三点目えええ。あれ。何。
どこが、どこが反則なんだよ、こらあああああああ。
まったく、とんでもない低級主審。
そして試合は終わり、また牛のように帰り道。「えー、こちらは埼玉県警です。
すみやかに、指示にしたがって、」でかいスピーカー音で同じことを聞かされ、
あたりにはビールの販売所も無く、あまりに管理された警備体制に腹立ちつつも
もっと腹立たしい誤審の馬鹿審判のせいで
みーんなもドロウなのに、どこか不満足の顔で、愕然と帰るのだつた。
もしも、あつけな馬鹿審判じゃなかったら、日本は初勝利。
朝まで、飲酒の歴史的な夜になっだろうに。

・ブラジル対ベルギー六月十七日神戸

セレソン予告歌
神戸・泣いてどうなるのよー、赤いユニホームが惨めになるだけーチャチャッチャ
神戸・黄色い波に飲まれて、消えていったただけ
そして一点、ロナウドオオ、そして2点目リバルドオオオ
夢の続き、魅せてくれる、静岡あで、紅茶飲おもおおおお

新幹線で新大阪。手配師組と三宮行きのホームで会う。
韓国半月うろついているその姿は、日本風土から浮きまくり
「韓国で、韓国人に道聞くと、逃げるんだよなあ」という言葉がリアル。
三宮元町で降りて、ホテルは大丸のそばのRアンドB。
「アイリッシュ・パプに行こう」と言われ、三宮駅のそばの広場の向かいの七階。
行ったら外人ばかり。アメリカ対メヒコ戦見る。ブラジル人たちは、どーでもいいよ的視線で
見ているがアメリカ人やメキシコ人はガオガオ。けっこうワールド杯の雰囲気。
五時、ホテ脇からまっすぐのところにあつた金時食堂。
入ると、いろんなツマミが作ってあって、自分で持ってくる式。例の如く飲みだし
「あと熱燗一本飲んだら行く」状態が何本続き、酔っぱらって地下鉄。
スタジアム近くの駅からの道、バッタ屋やにわか商店やいかにも関西パワー。
すでにここで手配師と迷子。スタジアムに入る。
ほえええ、キミタチそんなにセレソンのファンなのちゅーくらい黄色一色。
拙者はリバウド・バルサ服。「リバイウド」とブラジル人に声かけられ
「今夜のスコアは」と聞かれたから「2・0」。
席に着くとセレソンはすでにピッチで練習中。コパアメリカ以来の生ロナウドと
ロナウジーニョ、リバウド様は三月以来じゃ。
九八フランス決勝踏み倒し一派と電話交換、どこにスワッテンノー。
試合が始まる。ベルギー堅く、しかもキッチリしている。セレソン攻めあぐむ。
パス回しても突破できず、ドリブル突破も無い。何だ、コラ、ちっとも
魅力的じゃないじゃん。ほとんどの選手が欧州で働いているから
しかも、守備的なフェリペ監督の戦術で、ちっとも面白くない。
腹が立ってくる。いらいらする。しかも隣の席の野郎
「どうでもいいけどベルギー応援」みたいな、必死で応援しないで
ねえちゃんにマヌケな説明しているもので、よけい腹が立つ。
そしてウィルモッツのヘット゛決まった瞬間、ワタシャ「わははははは」と
笑ったもんね。なんだ、こつけな、南米予選ヨレヨレの時のような
みっともないブラジル、負けちまえという気分が湧くが
主審、認めず。どこがファールなんだ。
あー、つまんない。後半、テニューソン登場で
やっと、ブラジルらしい速攻、突破。コレコレ、これこそセレソン。
そして、リバウドのシュート。ギャーと立ち上がり、背中の十番バルサ・リバウド・ユニが
ぴっからこと輝く。
それから、カウンターでロナウド決めて、勝ち。
しかし、ちっとも凄くないですなー、イングランド戦、やばいですなー。
では、帰ろうとスタジアム出ると、またもや牛小屋戻し状態の道を作り
せっかくのスタジアムの広い芝生のあたりも座らせず、とっとと帰れ的指導。
大会ちゅーのはよ、試合終わったあとの余韻を味わうのも楽しみなのに
馬鹿みたいに、警備が並び、この感じ悪さはなんなのだ。
しかも、私のゲートEの人は、地下鉄では帰れません、などと
道路を封鎖している。「あのね。俺、地元じゃないから、来た道戻らないと
分かんないんだよ」「規則ですから、まっすぐ歩いてJRにいってください」
「だから、道分かんないっていってんだろう」と柵を越えると、あんちゃん腕を
ギュと掴んだから「離せ、コノヤロ、お前らは馬鹿か、何、こんなに規制してるんだ゜」
まったく、異常です。世界中、いろんなスタジアムに入ったけど、こつけな異常な
規制はミタコトナイ。カンプノウの十万人が一斉に外に出たって、こんな馬鹿な警備のかけらもない。
地下鉄まで戻ると、今度はここは横断できないから戻れ。腹立つのもあほらしいので
たこ焼き買ってムッシャラ食い、タクシー止めて乗る。
ホテルに戻り、すでにずらかって風呂まで入っていた手配師組と飲む。
暗い。なんだあのセレソンは、的話で、救いはツマミの卵焼き。
ダシの入ったホワワワの卵焼き、上手い。日本酒飲み、ダンダン飲みまくりモード。
元町シャターのキューブリック的「シャイニング」・ロードは、ストロベリフイールズ・フオエバア。


Cブラジル対イングランド六月二十一日・静岡

朝まで原稿描いて、ほとんど寝ないで東京。新幹線・こだまは超混雑。
自由席で掛川。駅からシャトルバスでスタジアムのそばの山の駐車場。
そこから歩く。静岡はフットボールの国つーだけあって、ボランティアの人たち
愛想よく、この大会がヤレルことの意味を、知っている感じ。
スタジアムに入って、ギョ。
にわか馬鹿ベッカム集団のネーチャンニーチヤン、ばったものの七番ユニの大波小波。
六対四でイングランドサポが多い位に想像していたのに、七対三状態。
はるばるエゲレスから来た熱狂的なアチラの人々は理解できるが、
あんまりな日本人の俄七番状態は、呆れるを越えて、情けないの丘も越え
どーしょーも無いざんす。
試合が始まり、前の席の若者・ロナウジーニョとリバウドのロゴユニの男2名。
なんとイングランド・コールに、一緒にコールしている。ブラジルのユニ着て
イングランドコールかい。
試合は、お互いさぐりあいの模様のなか、ザル・バックスのルシオ三番
呆れるミスでオーエンのゴール。
それから、セレソンの魅力が破裂する。ロナウジーニョからリバウドオオオオオ。
やっぱり着てきてよかったバルサ・十番リバウド・ユニ。
こうして、前半終了。後半、向こうのサイドでロナウジーニョのフリーキック。
シーマン出過ぎで直接ゴオル。さあ、どーだベッカム団の希薄なヤカラ。
そして、アラ、何、レッドカード。おいおい、「何だ、コラ、審判、どこがレッドなんだよ」
もしも、これで十人になり負けたら、ワタクシ、双眼鏡を主審にぶっつけて逮捕され
今月の原稿落としてもしょーがないほど、むかつく。
このメキシコの大馬鹿主審は、「今大会・一発レッド・七枚のうちの三枚出した」
などという、いわくつきの腐れである。
せっかくの撃ち合いになる展開が、セレソンぎゅーと引き気味になり、堅く堅くなって
終わったのさ。なにはともあれ、勝利。ワタクシその瞬間
「あでおおおおす・イングランドオオ」と叫んだのでした。
さて、試合のあとの楽しい余韻、しかし、ブラジル人少ないなあ。
98組に連絡。バスの中はブラジル人ご機嫌、イングランド人やけくそで
「セネガル」コール。楽しい。ブラジル人がクイーンの「ういあざちゃんぴおん」
歌い出し、私も歌う。バスのなかは確かにワールド杯だつたけど
二度と、日本でやる大会なんか、見たくない。
熱狂的な客ではなく、なんとなく見ている人多すぎて
「いやあ、ブラジルって青い服も着るんだなあ」などというスーツ男たちと歩くと、情けなくなります。
掛川駅は大混乱、飲みやの前は列が出来、それでも探して入って飲む。
ああ、なんなのだろう、この勝利の、喜びは。
98マルセイユでオランダ倒したあとの、笑いが込み上げてくるのに似ている。
わはははは、さよなら、イングランド。さよならベッカム音頭に踊るヤカラ。


、準決勝・トルコ戦・六月二十六日・埼玉

昼、担当にホヤホヤの原稿渡して、大漁寿司でムッシャラして、
ジムのサウナ、ひさしぶり。長椅子で寝ようとするが、気合いが入って寝れない。
帰宅して地図を見て、北越谷まで車で行く。五時ころ、駅につくが、駐車場探しているうち
野生の勘がはたらき、路駐一派にまざる。「レオパレス二十一」せるか。
てくてく歩いて、駅からシャトルバス。バスはスタジアムの近くにとまるので
前回のベルギー戦の時の地下鉄の駅みたいに、離れていないので楽。
缶ビールのみながら、馬鹿な格好している日本人の若者見ていると、となりに座っていた
半袖の若いブラジル人と、話す。日本に五年居るというので
「サンパウロに去年、アルゼ
ンチン戦見に行ったよ」というと「あの試合、モロンビーで見たのか。
、家族はサンパウロに住んでるんだ」。そのうち「俺の住んでるの野田だよ」というと
「私、川間に住んでいました、一年間」。なにー。
ほらほら、ビール飲みなさい。「いえいえ、ウイキスキー飲みなさい」
あんがと、グビグヒ。半袖で寒そうだね。ほらほら、と私がカバンから
ジャイアント・国旗を出し、彼は国旗を羽織るのでした。
パン工場で働いているマアゾさん、今度、川間にきたら、酒のみましょー。
こうして、1時間、話し込み、シッカリ酔っぱらって、スタジアム。
98組と見る。イタリアを90年から現地応援の渡辺氏は、
すでにイタリア敗北で、トルコ行けえなどと、ヤケ状態。
そして98セレソン命組で、決勝戦の敗北のホテルで
ため息つきあっていたのに、今やポルトガルに肩入れして、セレソン道を外れた佐藤氏は
罰があたり、それでも韓国で十数試合見てきたらしい。
こうして、セレソン対トルコ戦。
予選リーグで一度当たった時は、セレソンはずいぶんチャンスに決められなかったので
今日は、ピッピッと決めれば3対〇で勝つパターン。しかし脳裏には
トルコ侮れず、意外と苦戦するなどと考えていたのだが
案の定、明らかにセレソンの能力は上回っているのに、完全に崩すなんてできない。
そして中盤のダラシナイこと。前半終わっても、これは堂々と勝つなんて
状態じゃないなー。私の席はバックスタンド。左側ゴールラインの位置。
二千年・カンペオン・ツアーのころるさんから電話。「アレ、そっちの声、なんか、個室みたいなところだな」
「喫煙してるから」「おおい、後半始まったぞ」
後半、早々、あっちがわの遠くの方へロナウドするする、シュート。入った。
わあわあわあわあわあわあ。
さー、こっから、もう一点取れ。あら、何だ、守りに入ってねーか。
なんだよ、一点取って守るだと。それがブラジルのやることか。
フェリペ、こら、守るんじゃないよ。うわ、危ない。守備力ないんだから、攻めろ。
あー、ぶつぶつ。ハイ、終了。
では、次ぎの決勝戦でなあ。携帯に電話。手配師である。
「なんだよ、今の試合、最低だな。」「文句があるなら、フェリペに言えよ」
「全然、攻めてないじゃん、エジュウソン、シュートはヘタだし、俺なら
決めたぞ」「文句はフェリペに、あれ、森さん、どこにいるの」
「韓国だよ」「ええ」
「飛行機、無くて、韓国いるんだよ」ギャハハハハハハハ。
セレソンは、勝った。だが、ブラジル国内では
「こつけな勝ち方しやがって」と声があがるだろう。
一点取って、守るなんて、私の嫌いな欧州亀の子試合じゃねーか。
勝利や、勝者が美しいとは、限らないのよお。
セレソン、一点取ったら、2点目取ろうとした82年代表の美しさ、思い出せ。


6・決勝・ドイツ戦六月三十日・午後八時

京浜東北線で横浜まで行き、駅員にナントカに乗れと言われ
戻りながら新横浜に着く。
ヤカマシイ・アナウンス。なんでこんなにガーガー馬鹿みたいに
声を上げて、立ち止まらないで下さいだとか、うるさいのだ。
駅前で、人波を眺めているが、まったく決勝戦の会場の
雰囲気としては、94、98と比較すると、唖然とするくらい
ブラジル人のサポーターが少ない。やはり日本は遠すぎるのだ。
94のカリホルニア会場は、あきれるほどのコスプレ集団がいた。
みんな手製で、なに考えてんだブラジル人はよー、と想うくらい
カーニバルの国の人は、遊ぶこと祭りの楽しみをしていた。
だーから、拙者も、決勝では、気合いを込めて、キンキラカツラと
旗のマントを用意したのだ。
手配師から電話があり、プリンスホテルのロビー喫茶室で待ってるちゅーので
行くと、凄いことをおっしゃる。
「チケット持ってる人が、東京駅から新幹線に乗って・新横浜に止まると思ったら
止まらないやつなので今、名古屋に行ってる。名古屋から戻るのが七時ちょっと前」
今は、四時半、ほほほほ、これから2時間半、チケット待っているしかない。
ワールド杯の楽しみは、試合を見ればいいつーものでは無い。
試合会場の、コスプレ馬鹿親父たちと記念撮影したり、サンバ楽器隊の興奮や
そうした祭りの雰囲気を味わうのも楽しみなのだ。
だーからこそ、こっちも、決勝だから、得体の知れない気合いを表す為に
小道具を持ってきたのだ。
98組からは、「どーしたの、もー中に入ってミンナ居るよー」と電話があるが
チケットが名古屋に行ったのでは、どーしょーもない。
まっ、ドンチャン堪能は諦めるべと、思いつつ、さっそく
五時間入魂の旗をマントにして、カツラをかぶると、プリンスホテルの
ラウンジの雰囲気は、一変する。

なんか、変な宗教団体の馬鹿教祖のよーである。
手配師は一瞬ひるみつつ、どーもソワソワ落ちつかない。
「あら、弱気じゃないの、勝つよ、絶対勝つから」と
言ってはみたが、ドイツがシブトイやつらだっちゅーことは、重々知っている。
七時までまーだ時間あるので、この格好で駅のあたりをうろついて
こよーと、出で行くと、もう、チマタの人たちの視線が痛い。
「目をソムケル、見て見ない振りをする」とは、このことかと感じる。
駅にタムロするワイワイの人たちといっても、しょせん黄色いユニ着ている奴とか
顔染めているとか程度で、つくづくマルセイユの準決勝の
馬鹿サポーターのコスチュウムの群には、ほど遠い実に情けない決勝会場だ。
つまらないので、ホテルに戻る途中、突然柱の角から現れたブラジル人などは
俺を見て「済まない、」という視線になる。
そりゃあそーでしょう。この格好をするのは俺ではなく、アンタたちのはずなのに
ただ黄色いユニ着ているブラジル人なんて、ジョボすぎるぜ。
子供は、ギョッとし、フロントのインホメーションの係の女などは
アラッなどと派手に反応して、まったく、つまらないことの極みじゃ。
ビールをグビグビ飲んで、酔っぱらってきたぞと、首からタンバリンをぶらさげ
ヨーシ、チケットきたかーと会場にタタタと行く。千ドルくらいでダフ屋的外人が
売っている。ワイワイを堪能しているまもなく、手荷物チェック受けて中に入る。
そして階段を上る途中、神奈川県警のお巡りが
「その、ウクレレ、ダメです。」
はあ、何でダメですか。俺もう五回、ほかのスタジアムに持ち込んでいるけど
どこでも、ダメなんて言われなかったよ。
「ですから、ダメです。」「なんでダメなんですか」「これで殴ったりしたら。危険です」
この神経がタマラナイ。楽器を持っている人間を馬鹿にしているとしか思えない。
「チョット、いい加減にしろよ、なんでウクレレで殴るんだよ。」「それと、そのタンバリンも」
首から下げたタンバリンの、どこが危険なんだ。警官というだけで
こんなイチャモンつけられるという特権が、信じられない。
「何いってんだよ、ワールドカップの最後なのに、どうして、そんな事言うんだよ」
「とにかく、荷物預かり所に来て下さい」。
こうして、連行されだのじゃ。
「ちょっと、アンタ、名前なんていうの」「鈴木です」「鈴木なんていうの」
「そこまで名乗る必要はありません」
普通なら、そーとーモメルのだが、楽しい大会の最後なのだ。
こうした過剰な警備、せっかくの祭典を、ただ「平穏無事に」の命令いっか
機械のようになったこの男のせいで、つまらなくなるのは、あほらしすぎる。
紙もらって、ウクレレあずけて、なかに入る。
階段で、98組2名と会う。おお。ヤツラは俺の姿見て、驚かない。
98決勝の姿とおんなじよーなもんだから。
席につこうと階段のぼるとブラジルのお姉さんが、貴方と写真撮りたいと御指名。
記念撮影する。ほほほ、パリじゃ撮られまくりだったのさ。
こうして、席に着くと七時半。バックスタンド二階左ゴールラインのあたり。
そして、まもなくメンバー紹介が始まり、今大会4度目の御対面のセレソンがやってきた
ドイツ相手の、文句無しの決勝だ。セレソン攻めまくり壁のよーに守るドイツと
思いきや、なんだ、攻められてるのはセレソンじゃん。おい、コラ、俺の前のゴールに
早いとこ、ぶちこんでくれ。あー、また向こうでばかり、またコーナー。
これは、ヤラレルやもしれぬ。あーあー。つまんないなー。
ハーフタイム、手配師が一言「だめだ、負け試合だよ」
「そんなことないよ、諦めるのはまた早いよ」
後半になると、ドイツの動きよりセレソンの動き良くなり、しかし一進一退。
そして、リバウドの早いシュート。あっこぼした、わああああああ、ろなうどおおおおおお。
やったやったやった。
立ち上がって「うわおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」
へっへっへっ。そして、リバウド、スルー、ロナウド完璧ゴオオオオル。
「かんぺおおおおおおおおおおおおおおおおおん」喉が枯れる一声。
やった。さあ、時間終われ、こら、コッリーナ早く笛吹け。
ピッピッピイイイイ。
勝った。

はははははははははははははははははは。
沢山のブラジル国旗をまとう選手たち。双眼鏡で点在する喜びの顔を
全部同時に見たい。デニュウソン、バンペッタ、エジュウソン、みんな笑っている。
みんな泣いている。ロベカルが客席に、国旗くれといい、
もらった国旗が風呂敷みたいに小さいので、ちっとガッカリしながらまいて走るのが可笑しい。
そして、カフーが台の上に立ち、四年前、手からすべり落とした黄金の杯を
まっすく天にかざした瞬間、吹雪のように千羽鶴が舞い
俺はジンとした。そして、ロナウドが手にした瞬間、双眼鏡で覗きながら
この四年間が一瞬にして消え、パリの屈辱が溶けるのを見た。
おめでとう、よく耐えたなあ、天才ロナウド
次々とみんなの手に移りながら一周する黄金の杯とブラジル国旗の群。
見たか、パリ。見ているか、パリ。
サンドニの屈辱から四年、天に駆け上がるセレソンの龍に
俺も跨っているんだ。

万歳ブラジル。
あんたたちは、最高だ。


帰りの階段で、ブラジルの親子が、記念撮影したいと言う。
ほほほほ、いいですよお。
こうして新横浜の駅の飲みやに入り、
「笑いが込み上げてくる」とは、このことだ、と飲む。
喜びが波のように、押し寄せる。
はあ、たまりません。さんざん飲んで、不思議に酔わない。
嬉しくて酔わない。で、マタ、次ぎの店。
手配師と飲むと、日本で飲んでいる気がしない。
そして、トコトン飲むカンペオンの夜なのであった。
飲みやのテーブルに十数人のセレソン人形置いて、
ひとりづつに、お酒置きたい夜なのだ。
ああ、生きていれば、こんなに嬉しい夜がくるんだなあ。

七月一日・月曜
手配師邸の朝、ボケーとして十時すぎ、森さんが言う。
「どれ、飲みに行こう」。PENTAの朝だ。今日仕事するなんで
馬鹿だ。黄色いセレソン服着てテコテコ横浜の町。
信号待ちのお婆さんに、その服イイですねえ、いくらくらいするの。と聞かれる。
軒の張り出したテントの屋根のラーメン屋さん。
「ビールある」「無いよ、もうすぐ酒屋が来るから」
「待てない、俺が買ってくる」と手配師酒買ってきて、持ち込みで飲む。
焼き豚、ンマイ。ワンタンんまい。くびくびくび。
「はあああ、勝ったなあ、うえっへへへへへ」
「思えば、二年前の、夏。ブラジル対パラグアイを
アスンシオンで見てから、去年はボイブンバのアマゾン河で
ウルグアイ戦テレビ、写らなくて騒ぎ、長い旅だつたなー。」
昼すぎ、昼飯客で混んできたのであるいて港にいく。
フランス人が設計した木造の鯨みたいな張り出しの建物から、横浜の
町ながめる。それから次ぎの飲みや。
船員用の店とかで外人がゴロゴロ。ギネス飲んで
「えっへっへ、PENTAの朝は最高だなああ、四年間イイ気持ち」
などと話していると、隣のアメリカ人。
「私、アメリカチーム応援に韓国行きました。11試合見ました」
凄いですねえと言えばいいものを、手配師は子供だから
「ワタシは、十六試合みました」などと言う。
どうやら五十六歳のネバダ州のこの親父は
野球の国に住みながら、フットボール好きらしい。
いろいろと話し込んで、これから神戸に行きます、明日アメリカ帰りますと
サヨナラする。ギネス飲みまくり帰ろうとすると、店の親父にコーヒーサービスされる。
どーれ中華街行くか、中華街で三軒目。ビールのんでたはずなのに
ワイン一本も飲んでいる。そーとー疲れてきた。
PENTAなのよおおお。はあはあ。
よし、タクシー乗るぞ。なにい。こうして4軒目。もう夕方です。
正しいサラリーマンが、やっとこ酒にありつく午後六時、
飲屋で、酒頼んだのに、もーのめません、と延びている手配師。
いやー、なにしろPENTAの日なんて、二度と無いんだから。
ほんとに、ほんとに、ウレシサのアフタマアス。
せれそん・かんぺおおおおん。
わはははは、四年間、わはははははは。


おお・バルサ。カム・ノウ巡礼二千二
クラシコと呼ばれるバルサ対レアルマドリ戦は、ただの戦いではない。
スペイン政府対カタルーニアの、内戦の歴史。フランコ独裁政権時代の
なかで、激しい抵抗をしたカタルーニア地方の都バルセロナ。
スペインという国が、実はたくさんの
独立国家的な地方を融合した国だということの、そうした民族的な
独立意識が、フットポールという形の戦いで噴き出してくるのだ。
バルサは、負けるわけにはいかない。
カタルニアの言葉カタラン語の会話禁止時代、それでも話して
逮捕されたガウディが、空から見守っているのだから。



クラシコ、バルサ選手入場の瞬間


三月十一日
バージンエアラインのビップ・ルームなんぞで、何故か
お姉さまにひざまづかれ、御注文はなどと聞かれ
カレーライスバーガーなどという謎の食い物を食っている。
そして、アラヨと飛べば、十二時間の空。
なんとここで、私は原稿の下書きなどを始めたのだ。
まるで、締め切りに追われるプロではないか。
ピンスポットの灯りはショボク、飛行機は微妙にゆれるなか
黙々と下書きをする。これもみんな、巡礼の儀式なり。
意外と進み、安心してヒースローでギネスの黒い苦いビアで
パプってる。こうして我が欧州の故郷バルセロナに着いたのは、
夜の十時すぎ。トランクの出てくる場所を間違え、いくら待っても出ない。
やっと気づいて、またも手荷物検査して中にはいり、ターミナルAから
Bに行き、ポツンと残されたトランク持って、タクシー乗ってチキートへ。
相変わらず、ここの階段は高所恐怖症にはタマリマセン。
私の部屋は六号室。ちゃんと特別の机を入れていただき
電気スタント゛まで付けてもらい、「さあ・仕事しなさい」と
準備万端。では、さっそくと一木さんゆかりさんとビール飲んで
それから無事部屋にもどれる旅ではなく、午前一時、
手配師と下のバルで、カラマレス「イカのフライ」、ハム、パンにトマト
セルベッサ、ビーノティント「赤ワイン」。ついには
ボトル出せなどと言いだし、レロレロで三時。店のカマレロが椅子をテーブルに
乗せても出ないワシラに、看板だ出でってクンロ。

三月十二日火曜
近くのスーパーに買いだし。トマトジュース、ハム4、サーモン、ミルク
ビール、ワイン4本。シャワー浴びてシェスタ。
曇天で寒いといいつつシャツ一枚。夕方、ランブランス通りのフラメンコ・グッツ店に
行くと、一時から五時までシェスタ。凄いですねえ、いつ働いてんだろ。
カタルーニア広場のガウディ初期作品の街灯。綺麗に茶色と青で
着色してあるが、はたして現物はこのような色だったのかい。疑問です。



街の路地をうろうろして五時すぎにフラメンコ店に行き、マントとカスタネット買う。
バルでカフェコンレチェ百円。
夜、歩いて日本食レストラン「小雪」。店主の親父「おお、来たのかあ」
カウンターに座り、看板まで飲む。その後カサミラの夜景をなどと歩くが
十二時をとっく回ってマックラ。結局、またもバルに入り、手配師とボトル二本。
カラマレスといわしの酢漬け。何でこんなに飲まなきゃなんないのだあ。

三月十三日水曜・リバプール戦
チキートの楽しさは、テラスなんぞてボーケとしながら、旅人たちとの
その場限りの会話。バレンシア在の子はリバプール戦見に来たとかで
フットポボール会話。昼、台所で中華三昧を茹でてたら、ゆかりさんから
焼き豚もらって、チャーシュー麺になった。二時銀行でカンビオ両替。
十万円が83ユーロ。1ユーロ120円くらい。
チキートから繁華街のランブラス通りまで歩いて5分。レアル広場に行くと
赤い服のリバプールサポーターたちが百人以上たむろって、ビールを山ほど買って
騒いでいる。椰子の木に垂れ幕しばりつけ、シュプレヒコール。
それを遠巻きにみていくバルサ市民も、祭りが始まったなーと、なにか
楽しい縁日のような興奮が漂う。ランブラス通りの人波は、赤い服でいっぱい。
それにしても、敵地バルセロナに来ての、この堂々としたリバブールのサポーターの
態度は、凄い。なんでこんなに、堂々としていられるのか。
それは、「いつでも、カカッテキナサイ」という喧嘩、争乱の覚悟しているからだ。
86年の、ベルギーでの、このチャンピオンズ・リーグの決勝で
四十人近くのイタリア・ユベントス・サポーターが死んだ争乱は
この赤いリバプールのサポーターたちのせいなのだから。
あら、オソロシや
メトロでバルカルカ。長い坂を上り、いつものバルでセルベッサ飲んで
グエル公園の丘からバルセロナの街を見る。
公園は小学生たちでいっぱい、砂遊びは万国共通。長椅子に座りボケーと眺め
トカゲの噴水あたりは、中学生たちのスケッチ時間。入り口の門の
二階に初めてはいれて嬉しい。タクシーでサグラダ・ファミリア。
一年ぶりの姿。見ればみるほど、酷くなる現在の進行形態。
あの無機質な柱のなかに、血が流れているか。
ガウディの生きていた時期の構造のなかには、血は流れているぞ。
ホンモノと、ホンモノをマネでもニセモノにしか成らない、という証明を
せっせとやっている。
91年に見た時と、同じ言葉。「シビラックスは、最低だ」。
彫刻家シビラックスをはじめ、今関わっている者たちは、
とにかく、どこか他の建物に彫ってほしい。
写真一枚撮る気が起こらない。
メトロ二番でウニベルシタ大学前。6時半、リバルドユニにマフラーまいて
サンツで五番にのりかえ二つ目。人の流れに乗って、カム・ノウ・スタジアム。
バルサは会員席がほとんどで、今回の試合はチケットの売り出しが無い。
会員はソシオと呼ばれていてカードで座席をもっている。
一般の人にそうした席を売ることは、違反行為ではないらしく、
堂々とチケット売場のあたりで、おっさんたちが売っている。
すでに日本で手に入れた私らは、ソシオ・カードをもって、なんと
私などは、メインスタンドのメイン入り口から、入った瞬間、めまいがします。
なにしろ中は、普通の生活のように、おっさんたちが、堅いハムパンかじり
ビールのみながら、たんたんの会話なんぞしていて、ここが
生活の一部なんだなーとジンとします。



席は、前から6列目。あんまり前だと、スペースが見えず、ほんとは
二階席の一番前なんかに座りたいが、ここでも十分。国立競技場の上に
もう一個国立競技場が乗っているデカサは、迫力満点。
試合が近づく。三角頭のオーエンは出ないらしく、へっへっへ。
リバプールの選手登場するとピーという野次笛が凄まじい。
八時四五分。試合開始。主審サビオラへのPK見逃し、会場騒然となる。
親父たちがゴオオオオと怒る瞬間、「この迫力は、日本では、見たこと無いなあ」。
リパプールとは、去年も同じシリーズであい
私らは、リバプールまで行き、見たのだが、このアウイの会場でも
リバプールのサポーターの声の大きさは凄い。そしてひたむきな応援も感動する。
試合はつぶしあいのままで、結局ドロウ。
いろんな試合を現地までいってみると、こうした点のはいらない試合も
当然あって、毎回スンゲエエと感動ばかりでは無いことも、巡礼の旅ならでは。
近くのバルで、飲む。バルサ引き分けのせいか、すでに店で泥酔しているサポのところに
ドヤドヤと入ってきたのがリパプールサポ。すると「マンチェスター」と嫌味を
言い出すバルササポ。こうした危険な場所で、ワシラは
プルポ蛸、いわし、ポテト、肉団子、セルベッサ。そして赤ワイン「てんと」のボトル二本。
手配師が、リバプールサポに、蛸を食わせた時は、一瞬「何すんだこの手配師、
危ないぞお」と思った。何故なら蛸は、悪魔の食い物でイギリス人は食わない。
蛸を無理矢理食ったリバプールサポーターに、回りがゲラゲラ笑っていたが
まったく、手配師のすることは、油の前でマッチするよーな風で。
そうしているうち、店はリバプールサポが増え、それを察知したバルササポーの泥酔が
なにやら、最後の捨てぜりふを吐くと、リバサポが「ラウウウル」などと
嫌味の応酬をして、なんとか終わった。こうして二時タクシーで
「グンビア・ムンタネール」とアッシが言うと「しー・セニョール」と走るバルセロナの
タクシーの態度を、東京や川間のタクシーの運転手に見せてやりたい。
チキート前に着き、さて寝るべとなるはずが、手配師のと旅は、安眠などない。
またもやバルに入り、ボトル一本。馬鹿ですなー。

十四日木曜
軽い二日酔い。さーて、せっかくこんな立派な仕事場を
セットしてもらったんだ。午後の日差しのなか、原稿の下書きを始めた。
そーだ、この仕事しているところ、写真に撮ろうと、カメラの入れてたバックはと
ベットのあたりみたが無い。
ああ、しまった、昨日のバルに、忘れてきた。
バルは二軒行ったのだが、ううむ、どっちに忘れたのか、思い出せない。
カバンには、最近買ったカメラと百周年記念のリバウドユニとマフラー。
カメラも高いが、リバウドユニはもう売っていない貴重なやつ。
一木さんに「昨日、バックを忘れた」とスペイン語書いてもらい、
下のバルに行く。すると昨夜のカマレロではなく若い青年二人。
奥の叔母さんになにか聞いたあと、「無いよ」。
うー。
やっぱり一軒目か。あの時、確か私はカバン床に置いていた。
しかも勘定に立ち上がったあと、カバンを持った記憶がハッキリしない。
タクシーを止め、「カンプノウ」と言うと「かん・ノウ」と言われた。
Pを発音しないのだ。タクシーでスタジアムに行き、昨夜歩いた道からすぐ゜バルは
見つかった。昨夜と同じカマレロがいて、私の顔を覚えていて
紙を見せると、首をふり
「ろしえんと」と言う。「残念だな」という意味。
おお、あの時、店にはリパプールサポーターがまた゛いた。
彼らのいい土産になってしまったのかあああ。
クヤシイ。クヤシイので、バルサスタジアムのオフィシャルショップに行き
ユニホームのパンツとソックスと、ジャンバーを買う。
5ユーロでタクシーで帰り、仕事をスル。
急速に、自己嫌悪に陥りつつ、ブンブン下書きする。
今までに、随分旅をしたが、こんなヘマは初めてだ。さっそく旅日記に反省文を書く。

「旅はいろいろです。心がちょっとでもヘマをすると
外国のきびしい洗礼を受けます。これも勉強。
心の透き間作る無かれ。気をつけましょう。
そして、けして、めげること無かれ。」

保険に入っているので、盗難なら保証されるが、置き忘れによる紛失は
保険の対象ではない。くっすおお。不思議に惜しいのは、カメラより
リバウド百年ユニなのだ。まあ、これも、自分のミスによるもの。
いい勉強です。といいつつ、私は心のどこかで諦めていなかった。
下のバルで、さっきの若い青年ではなく、昨日のカマレロに会って
無いと言われるまで、諦めないでいよう。
そんなことを思いつつ、ムカカカカと原稿描いたら、なんと夜までに
下書きが終わった。変だなー、家でやっているより進むぞ。
そーか、家だと、テレビ見たり、下に行ってお茶飲んだりしてるからなあ。
終わったので七時すぎ、下のバルに行くと、昨夜のカマレロがいる。
紙を見せると、つつつつと奥に行き、もう一人のやつが二階に行き
タンタンと降りてくる手には、カバンがあ。
「むーちゃす・ぐらしあす」。とカマレロに握手して、カバンを背負い
一木さんの部屋に行き、カバン振り振り歩く。
「あら、あったの」「下の店にあったんですー」。
「よかったねー、次ぎの客が見つけていたら持っていかれるの、普通だよ」
あーよかったよかった。晩飯を御馳走になり、刺身のトロの山に泣く。
んまいです。十一時から昨夜の試合の再放送見て、イイトコないなーと
思いつつ、一時部屋に帰り寝る。

三月十五日金曜
朝、田中裕也氏に電話。「え、すぐ、くるんでしょ、いらっしゃい」。すぐと言われててもなーと
思いつつも、タタタと出かける
裕也さんは、私と同じ年。二十年以上、ガウデイの建物を実測し、構造研究している人で
93年に初めて会ってから、バルセロナに来るたび、ガウディの話を聞かせてもらってる。
、カンノウの近くに住んでいて、バルサの試合一回しかミタコトナイという偏屈。
このスタジアムのそばで欧州首脳会議が行われている為、厳重な警備があり
交通止めで警官がたくさんいる。ゆかりさんから、パスポートのコピーとか携帯しているよーに
と言われるほどなのだが、案の定、裕也さんちの近くにいくと、通行人は無く
警官がごろごろ。そこにウクレレなんぞもって行く亜細亜人は、怪しすぎて無視される。
裕也さんちで、娘のオリビアちゃん初めて見る。
グエル教会の構造研究というのを今やっているとのことで、そのポイントが
松の木という説を聞きつつ、何度もスケッチした私としては、「その松の木が
今回のガウディ生誕150年の為の改修工事で、切られた」つー話には、泣けた。
あの桜田淳子ファミリア状態の柱建築中のセンスと、同じセンスの話なのだ。
哀れ。哀れな。哀れすぎ。
いつも、裕也さんちに手ぶらでいき、飯食いましょうとなるのだが、手ぶらで行ったあげく
飯まで御馳走になった。ポルケ、何故。
「そーいえは、二十四日、日本でテレビの放送あるとかで、家に取材に来たよ」
私は、かつて、裕也さんが8年間かかって測量して描いたグエル公園全図を見た時
うるうると涙が湧いたものだ。その歳月の想いが、図面からオーラのように
漂っている。この図面を「飛行機に乗せたり出来ない」という感覚、それこそが
人間の込めた歳月なのだ。
中華料理六・五ユーロで三品食べれるなんてバルセロナはいいとこだなー。
カンノウのチケット売場の十字路で別れ、横断歩道を行く田中ファミリイの姿、見ていた。
さて、ウクレレである。ウクレレ持って、サグラダファミリアに行き、
ガウディの作った生誕の門を眺めながら、ポロロロと弾いて黄昏る。
その後ろの長椅子で、若い日本人がセッセとスケッチしている。
その脇で演歌などを歌っているのが私。そしておもわず、寅次郎になって
「よっ、青年、スケッチはハカドッテるか。んー、こーみえても
オイラも、93年には、君のよーに、ひたむきに描いていたのよ、がんばりたまえ。」
と、言いたくもなつたが、黙ってメトロで帰り、スケッチブックを買う。
原稿の下書きが終わらないだろうとふんで、日本から普段なら
必ず持ってくるスケッチブックを持ってこなかったのだ。
でも、スケッチブックは、バルセロナのは、ショボイし高い。五ユーロで小さいの買う。
夜、テンプラの夕食いただき、バルサ強かりしのロマーリオ、ストイチコフ時代の
アトレチコ戦を見る。ロマーリオ美しい、美しすぎるぞ。その後一時で解散のホールで
四時まで、飲んだくれる。

三月十六日土曜・クラシコの日
さあ、クラシコの日である。すでに宿の客二名は昼まっから
ユニホーム着ている奴もいる。泊まっている23名中、17名が
見に行ったとあとで知るのだが。
午後二時バトリョオ邸でスケッチ。長椅子に酔ったホームレスがいて
誰も座らない。しかしコチラは、スケッチしようとなったら平気で座る。
おっさん、何か言いだしたが無視してスケッチ。
寒い。寒くて小便したくてバルに入る。カサミラに行き、昨日裕也さんちでみた
裕也さんが写真でのっている本などを買い、ジュジョール本二冊買い
71・9ユーロ。
ここで、私は百ユーロの札と1ユーロと九十セントのコインを渡す。
すると、レジの女性、釣り銭として、いくら渡すと思いますか。
普通、三十ユーロ。それを十ユーロや二十ユーロの札でくれるのです。
ところが、そのオンナ、二十ユーロの札一枚と、コインを取り出してきたのだ。
そこで、私は、「ノーノー、トレインタ」。トレインタとは三十。
普通なら、女は気づいて、三十ユーロ渡すはずなのに
なんとこの女。レシートを指さし
百引く七十一・九だから、二十八・一が釣りだとほざく。
そこで、押し問答。何遍もレシートみろ、ばかり。
自分が札と一緒にもらった一・九ユーロが頭の算数に入らない
そこで、「エスクリーバ」と私がいい「書く」と言って
引き算をしてみせても、全然分かんない。
「三十・トレインタ」と言うと、なんとこの女
出しゃあいいんでしょう、三十出して、ムッとしている。
「コンプレンド」と嫌味を言って「わかったのかい」と言って、出る。
それにしても、スペイン人が算数弱いったって、カサミラの売場は
沢山の観光客が買い物しているのだ。あんなに算数弱いので
やっていけるのかねえ。
再びバトリョオ邸スケッチ。バス停の椅子。バスが来るたび中断。
六時戻り、七時半メトロで出発。レアルの選手を乗せたバスが来るというので
騎馬警官が出て、ウルトラ・バルサ・サポが待ちかまえている中
バスがやって来て罵声の雨。ゴウゴウとした喧噪のなか、
ああクラシコが始まるなあと思う。席は三階で高所恐怖症には
登る手すりもグッと握る。リバプール戦より遙かに気合いの入ったスタジアム。
ピーという野次の轟音のなか白いマドリーが先に登場そしてバルサのテーマが流れると
私のバックスタンド側の席は立ち上がって座席に置いてあった紙を広げ
歌う。私の白。



試合開始前の、スタンドの美しい色彩の中。左側上の白い十字
あそこの白紙の群の一枚が、俺なのだああああ。

そして、着席しいよいよメンバー紹介のコールつーとき
変なスペイン人が来て、その席は私のだと言う。何だよイマゴロ来て
しかもそいつ、見事にカテゴリーを間違えて騒いでる。馬鹿者めが、
おかけでシュプレヒコールが終わったじゃないか。
試合始まる。あらら、開始六分くらいで向こうのゴールポスト人だかり。
試合中断。何やってんだかさっぱり判らない。どうやら首脳会議反対運動の奴が
手錠をかけてポストにしがみつき、ふたりの手錠、合い鍵ではずすのに十分十分くらい
中断。のやろー、手切れ。何考えて居るんだ、ただの試合じゃないんだぞお。
試合はアララ、マドリーの方がボール回し、うむむむつってるうち
ジズーがヘッヘッヘとゴール。あいやああ。その後もレアル余裕こき、前半終了。
バルサのハリセンで前の席のあんちゃんと私のイラツキはほとんど同じ。
行けコノヤローってハリセン叩くタイミングが合っているのだ。
後半にはいり、よし逆襲って瞬間、またもや違うバスク解放の垂れ布のやつが二名乱入。
何ヤッテンタ゛もう。そしてシャビのキック、キーパーの手をはじ゜き放物線を描いて入った瞬間
ガオオオオオオと、旅の巡礼の雄叫び。
あの放物線のゴールこそ、ガウディの霊、魂の後押しである。
放物線の逆さ吊り構造実験のように、綺麗に描いて入った奇蹟こそ
カタルーニアの、大地の情念の産物なのだ。
さあ、逆転だと、バルサ・コール凄まじく、こうした気配は、テレビでは味わえない。
しかし、レアル、敵ながらアッパレ状態でドロウのまま終了。
はああああ。
くそお、フィーゴはどこだ。お前を野次り倒す為に、俺は来たんだぞ。
フィーゴさえ出ていれば、バルサはお前への罵声のなかで勝ったものを。
あるいて、てきとうな道のレストランに入り、プルポとポテト、ムール貝、長い貝
ステーキ、ビーノティント・ボトルをモッシャラグビグヒとやりタクシー待つが
二十分以上、満車ばかり。まったく車が捕まらない。
救いのように来たナイト・バスに走って乗って二時すぎ帰る。

三月十七日日曜
朝食はサーモンとラーメン。午後港まで歩きバルサ・グッツ屋で、番号と名前を
プレスしてもらい、ユニホーム買う。腐ってもやっりリバウドと、根性の人ルイスエンリケ21番。
そのあとレアル広場で、コイン市があり、古い絵はがきも売っていたたが、8ユーロ、約千円は
高すぎる。ミラノでは一枚百円だったのに。ガウディのグエル公園の古いのとか
欲しかったが、高すぎてやめる。カテドラルのうらの店でパエリアとティント。
帰ろうとしてらカマレロが「ノート忘れてるぞ」。ああ、テーブ゜ルのメニュウのところに
立てたまま。雨が降り出しスケッチ出来ず、寒い。
部屋にもどり、軽く一度トランク詰め。夜は中華風。ごちそうさまです。
その後、昨夜の試合のドキュメント番組があり、クラシックの音楽に乗せて
試合時間の閑散とした大通りや、選手がフィールドに降りていく途中の風景や
試合後のリバウドとロベカルが子供抱いて話し込む部屋の風景や、レアルのホテルの部屋の
ゴミ箱から見つかった「作戦用の書き込みの大きな紙」や、それらの風景が三十分くらい流れ
まるで、映画見るようだ。そしてこれがレアルの作戦わら半紙だと、番組のスタジオで
紙をひろげているとこがオカシイ。深夜は手配師とバルをハシゴして、カウター叩きながら
ビートルズを歌い、ウクレレ持ってくればヨカッタナーと三時、路上でイエスタディ歌ってる馬鹿な
亜細亜人。

三月十八日月曜
二日酔いで、ボケーとしつつ、テラスでウクレレ弾いて、ビートルズから新川次郎まで
歌い、昼ラーメン食ってまた寝る。三時ころ港に行き、ストイチコフ8番のロゴ
入れてもらいユニホームとパンツとソックス買う。メトロでマリアなんとかまで行き、ドラゴンの門に
儀式のシャツぶらさけをする。日本時間とずれているので
もう、今日はフリスト記念日なのだ。スケッチしている間に来たのは日本人四人。
晩ご飯は、高級日本料理店並の刺身の盛り合わせ。思わず写真撮影。
一木さんにお土産頂く。さすがに旅の終わりはコーダのご゜とく、静かに十二時就寝。

三月十九日火曜
夜明けの六号室で、ぽつんと思う。ミンナが眠っている時に、ゴロゴロとトランク押しながら
出ていく、あの寂しさは、旅ならではのものだ。
ここを出る時は、また来る時の始まり。
すいーと・ほーむ・ちきーと
すいーと・ほーむ・がうでぃ
すいーと・ほーむ・ばるさ




じゃーん。これがソシオの会員書。欲しいいい。


W杯枠組み

A@フランスAセネガル3ウルグアイCデンマーク
B@スペインAスロベニア3パラグアイC南アフリカ
C@ブラジルAトルコ3中国Cコスタリカ
D@韓国Aポーランド3アメリカCポルトガル

E@ドイツAサウジアラビア3アイルランドCカメルーン
F@アルゼンチンAナイジェリア3イングランドCスエーデン
G@イタリアAエクアドル3クロアチアCメキシコ
H@日本
Aベルギー3ロシアCチュニジア


韓国決勝トーナメント・ごろにゃん予想

E1どいつ
B2ぱらぐあい

G1いたりあ
D2ぽうらんど

B1すぺいん
E2あいるらんど・かめるーん

D1ぽるとがる
G2くろあちあ

ドイツ・スペイン・イタリアかよお。韓国行くなら
ポルトガルとパラグアイだなあ。

がんばれチラベル、パラグアイ、独を倒せ。
準々決勝イタリア対パラグアイ、スペイン対ポルトガル
準決勝イタリア対ポルトガル


日本舞台ごろにゃん予測

A1ふらんす
F2いんぐらんど・あるへんちーな

C1ブラジル
H2べるぎー・ろしあ

F1あるへんちーな・いんぐらんど
A2でんまーく・うるげえ

H1ろしあ・べるぎー
C2とるこ・中国


なんだよー、もう、ブラジルもアルゼンチンもこっちに居るじゃねーかよお。
普通二抜けなら韓国とかだろう。ブラジルは韓国枠なんだから、最後まで韓国に居ないのかよお。

A1とF2の試合は、壮絶です。
普通に来ればフランス対イングランド。順当にいくとフランスはここを勝ち上がり
準々決勝で、ブラジルとフランス。
なろー、98決勝の仇撃ちだ、と叫びたいが、ボロボロせれそんではなあ。
つーわけで、現在の状況で行けば
準決勝は、フランス対アルゼンチンという、決勝状態になってしまう。

こうして見ると、Fの一位で抜けたチームは、そうとう楽に準決勝に来れる。

そして決勝は、ごろにゃん希望では
ポルトガル対アルゼンチン「ほんとは・もちろん・ここは・ブラジルだけどよ」

ちまたの希望は、
イタリア対フランス。

だがしかし、けして、こんな風に「順当」には来ないのが、真剣勝負です。


甘い予測・無責任メディアに踊らされるなかれ

日本の相手はベルギーとロシアとチュニジアに決まった。
その夜の、肝心なフットボール番組でさえ、ただのニギヤカたれんとが
「やったー、3連勝だ」「勝ち上がって、ブラジルとだ」などと
お祭りのように言うし、サポーターの若者たちも、行ける行けると
威勢のいいヤツばかり取り上げられる。
もしも、そつけなインタビューが俺に来たら、
「3連敗」と答えるしかない。
確かに、開催国の利や、最近の代表が力を付けているのは事実だろうが
韓国は、五回出場して、一勝もできないのが、現実だ。
ベルギーもロシアも、この枠に入ったことを喜んでいるだろう。
第一シードなんかに、永遠に来れない今の状況なのに
開催国特権で第@枠を貰い、肝心の予選の戦いをしていないということが
本番で、どうなるかは、これから半年の、時間にかかわっている。
とにかく、この国の無責任なメディアの、冷静さのない報道よりも
戦う相手が、どうやって勝ち上がってきたか、分析するしかない。
俺が一番怖いのは、ほとんど関心の無い日本人が
安易な報道にのせられて、その結果、惨憺たる結果になった時
フットボールの日本のリーグ全体への、
「なんだ、こんなに弱いのか」的に、現実を見てしまうことが、恐ろしいのだ。
だが、もちろん、そうした現実ばかりでなく、
世界中が、親善試合なんかじゃなく、ジュールリメ杯の下で
どれほど、壮絶な厳しい試合をしてみせるか、それこそ、俺を
観戦中毒にした、美しい時間が、見れるのだから。
クイズに当たって、そうした試合が見れる一般市民のなかから、
「目の覚める」者のでることも、あったらいいな。


がんばれ・モンティデオ山形

十月八日九日の二日間かかって、描いた応援旗。






八月十五日パラグアイ戦・召集メンバー

マルコス(パルメイラス)
ジーダ(ミラン)
DF
ジュアン(フラメンゴ)
クリス(クルゼイロ)
ベレッティ(サンパウロ)
カフー(ローマ)
ルシオ(レバークーゼン)
ロッキ・ジュニオール(ミラン)
ジュニオール(パルマ)
ロベルト・カルロス(レアル・マドリード)
MF
ヴァンペッタ(パリ・サンジェルマン)
エドゥアルド・コスタ(ボルドー)
ティンガ(グレミオ)
レオナルド(サンパウロ)
ジュニーニョ・パウリスタ(ヴァスコ・ダ・ガマ)
アレックス(パルマ)
リバウド(バルセロナ)
FW
エウレル(ヴァスコ・ダ・ガマ)
エジウソン(フラメンゴ)
エウベル(バイエルン・ミュンヘン)
デニウソン(ベティス)
マルセリーニョ・パライバ(ヘルタ・ベルリン)

ううむ。このホワード陣で、点取れるかなあ。


ヘタは勝てない・アディオス・コパ二千一

ホンジュラス戦。二番のベレッチ。
こいつのようなヘタクソが代表では、勝てません。ひどいセンタリング。
十六番のジュニオール。こいつも、センタリング、へたくそ。
まるで柏レイソルの試合見ている気分。
このような奴を使うつーのは、人材がいないということだ。
ジュニーニョ・パウリスタだけが光った大会。
二軍のようなセレソン、破れて、当然。


コパ・ベスト8組み合わせ

「チリ対メヒコ」対「コスタリカ対ウルゲエ」。
「コロンビア対ペルー」対「ブラジル対ホンジュラス」

現在最強のアルゼンチンの出ない片肺大会で、レロレロのセレソン
ちゃんと勝って、開催国コロンビア戦で、炸裂の狼煙あげたまえ。


こらそん・アレークス第三戦パラグアイ

先発メンバーは・第二戦と同じ。開始十一分で・パラグアイに
PK。そこからは、ブラジルの怒濤の攻め。押しまくり
バーに当てる。後半も攻めまくるが、またもやバー。
パラグアイ必死の守りのなか、ブラジル4番二枚目でレッド。
しかしその後必死のアレックス、豪快に決めて同点。
コーナーキック19本の猛攻。44分、デニューソンから二番が決める。
ロスタイム、テニューソンの三点目。

16番交代・11番デニューソン
20番アレックス・交代・十八番ロッシェンバック

これで一位通過でC組の二位と当たる。
セレソンは、ダンダン、良くなってるぞい。


苦しむフェリペ監督・第二戦ペルー

2ベレッチ


5エドアルドコスタ
8交代17
9交代11
15
16ジュニオール
20交代10
21エメルトン

と、先発で五人交代してのセレソン。
苦しい、苦しい。バルサが買った7ジョバンニと18ロッシェンバック
早くも出番無し。前半十分9番ギレルメのゴールあれど
やっぱりその後はパッとしません。後半、十番ジュニーニョの
疾走にペルー一発退場で十人になり、それでも、さえないセレソン
残り5分でデニュウソンのゴール。勝ったけど、魅力のカケラも無いぞ。
しかし、ジュニーニョ・パウリスタ、やっぱりいいです。


コパアメリカ・いん・コロンビア
生きていたのかデニュウソン

1、マルコス
3、クリス
4、ロッキジュニオール
6、ロジェール
7、ジョバンニ
8、エメルソン
ジャウデル・交代・9・ギエルメ
10ジュニーニョ・パウリスタ・交代・11デニューソン
13アレッサンドロ・交代・17ジュニーニョ・フェルナンド
18、ロッシェンバック
20アレックス

ブラジル・〇対1・メキシコ

アルゼンチン出場中止。セレソンの代表の誰かも
家族の危険だという反対で、まぎわに辞退という、あまりに危ない
コロンビア大会。それでも、フェリペ監督にとって、
この大会でのまとまりこそが、残り五試合の南米予選への
体制の立て直しなのだ。しかし、第一戦、まったく
往年のカナリアの魅力のカケラも無い。
絶壁です。


南米予選展望

1、アルゼンチン・32
2、パラグアイ・26
3・エクアドル・25
4・ブラジル・21
5・ウルグアイ・21
6・コロンビア・19

4位まで出場。五位がオセアニア、オーストラリアとプレーオフ。

ブラジルの残りの対戦相手
八月十五日・パラグアイ。ほーむ
九月五日・アルゼンチン。あうえ
十月七日・チリ。      ほーむ
十一月八日、ボリビア。 あうえ
十二月十四日、ベネゼエラ。ほーむ

ゴロニャン予想としては、九月のアゥエー、アルゼンチンは
負けるでしょう。最終戦は勝ち。でチリとボリビアも勝つ。
つーわけで、八月のパラグアイ戦、ここで勝つ、これが天王山だ。

パラグアイの対戦相手
ブラジル、ボリビア、アルゼンチン、ベネゼエラ、コロンビア

エクアドルの対戦相手
アルゼンチン・コロンビア・ボリビア・ウルグアイ・チリ

ウルグアイの対戦相手
ベネゼエラ・ペルー・コロンビア・エクアドル・アルゼンチン

コロンビアの対戦相手
ペルー・エクアドル・ウルグアイ・チリ・パラグアイ


ブラジル・フッチボールの魅惑を探る旅
「ボイ・ブンバ、狂気の祭」
アマゾンの河辺で見た途方もない尺度



それは、一本のビデオテープから始まった。昨年国営放送で流れた
アマゾンのお祭り「ボイ・ブンバ」。南米手配師より送られてきたビデオは
俺に、「ドーダイ、来レルカネ、あまぞんマデ」とささやいていた。
町が赤組と青組に別れ、三日間で、三十台の山車を
四万人収容のスタジアムに送り込み、深夜三時まで踊り続ける。
牧畜しか産業がないその地で、牛を崇め奉る「ボイ・牛」のブンバ・祭り。
ビデオを見た俺は、思った。
「こいつは、馬鹿祭りだ。ようし、行ってやろーじゃないの」


六月二十三日・土曜。
成田、午後七時発のバリグ航空8837便に乗り込んだ俺は驚いた。
なんと、ファーストクラス。たった六人しかない豪華なる席。
そーか、これがジーコが座る席なのか。
「まず、キャピアから行きましょうか」。胃は涙を流す。こったに、んまい
キャビア食ったことねーず。次ぎに蟹と鮭のフランス風。んめえ。
「ワインはフランス、アルゼンチン、イタリアとありますが
これらの銘柄からなんにしましょうか」「みんな、ください。」
グビグビわははははははは。
そして、眠ればなんと椅子は完全に平らになり
空飛ぶベット状態。らくちんの極み。
ロスアンゼルスで給油して、サンパウロまでブンブンブン。

六月二十四日・日曜。
サンパウロ空港で、約5時間の待ち合わせ。ギタレレ弾いて過ごせば
いよいよアマゾン河の中腹にあるマナウスまで、ぶっ飛ぶ便が浮かび出す。
延々続く密林の下に巨大な茶色の河が現れ、おお、きたぜ。
なんげえ旅だったなや。タクシーで宿はホリディイン・タジマハール。
森手配師と歩いて河に行く。祭りのあるパリンチンスの町まで行く舟たちが
沢山停泊して、客引きに忙しい。近くのバルじゃ、すでに祭り気分で
親父や叔母さんどもが路上で踊りながらビール飲んでいる。
大瓶二レアル。百二十円。ばこばこと飲んでいたら、サイのように太ったババアが
つかつかと来て、「アタシに一本おごってよ」と当然のような顔で言う。
なんで奢るかよ。まったく厚かましい。しかし子供とそのサイ婆が
チークダンスなんぞしているのを見ると、呆れるつーか
なんでもアリつーか、突然トリッキーなパスを出すセンスなんか、
この手のデタラメさが培っている感じもする。
夕暮れ、酔っぱらって二名は歩き、路上の店で
夕食食いながら、ギタレレ弾いて、「アマゾン河水にごりー」などと
吠えていると、日本人の男が通りかかり、一緒に飲む。
やはり彼もボイブンバ見に来たのだという。じゃあなと
帰り道、森手配師はすでに上半身裸となり着ていたシャツを頭にまいて
その姿は、バリ人の如し。ホテルに戻り、十二階の飲酒ラウンジ
高所恐怖症の俺は、屋上の手すりのスカスカさに、震え、森さんに×マークだし
とっとと二階のレストランに逃げ、延々飲酒してくたばる。

六月二十五日・月曜
時差は残り、三時間くらいで起きてしまい、夜明けがくる。
港の市場にいくと、案の定わけのわかんない魚があり、
スケッチしていると親父が「サンパウロからきたのか」「二世か」
などと聞くので「じゃぽねーぜダヨ」と言う。

スルビンというナマズ系の魚

朝食後、ジャングル・ツアーすることになり、現地の篠田氏の斡旋で
東さんというガイドつきで、アマゾン河に繰り出す。
しっかし、なんとも小さい舟。こんなんで心細いよなと思いつつ、
「この辺で、川幅は二十キロです。今は水位がありますが乾期には、六メートルくらい
下がります」。なんかスケールがでかくて、ピンとこない。
茶色の河にどんどん舟は葉っぱのよーに流れて行き
河に浮かぶ給油所で油入れ、ネグロ河との合流地点まで行く。
「イルカがいますよ」。舟のエンジン係のブラジル青年が
「ウイー」と擬音たてると、やがて、水面にジャブと背中を見せる。
おお。感動。そこから密林の小川に入り、しばらくすると
「あそこにカメレオンが居ますよ」。目をこらして木々をみると
水色と緑のまざったような奴が枝をノロノロ移動している。ジーンとする。
舟は小川を走り、川辺には浮き家が浮かんでいる。
太い木でイカダ状態を作り、そこに家が乗っかっているのだ。
「さあ、ピラニア釣りに行きましょう」
川から狭い木々の中を巧みに入り込み、林の中。
「ピラニアは適当な流れの場所に棲むのです。」餌は牛肉、釣り針につけ
チャポンと入れ、それから水面を竿でバシャバシャと叩く。
何か、落ちたぞと信号を送るのだ。そして浮き無しの状態で待つと、クッと
手応え。来た。クッ。そしてクーと来た瞬間、オリャと上げれば
二十センチくらいのピラニアが上がる。



「けして、触らないでください」ブラジル青年が腫れものに触るように
怖そうに捕まえる。試しに草の茎を口に持っていくとカフとあっさりかみ切る。
歯はギザギサで見事なもの。こうして入れるとすぐ引きがあり
5匹釣って、もっと釣りたいと思いつつ移動する。



まるで迷路を行く冒険のように、あたりはいろんな姿を見せ
口をアングリとさせて見飽きない。舟を岸につけ、ゴムの木に傷をつけると
スーッと白い汁が出てくる。舐めたら甘い感じ。空気に触れた白い液は
茶色になり、あっというまにゴム状態の粘着質になる。
「ほら、この実を潰すと、赤い液がでて、これを裸族は
化粧につかうのです」。東さんが唇に塗り、森さんが顔に塗り
俺が唇にぬり、3人オカマ状態でいる姿は、裸族も呆れる風景。
東さんが先住民を「ラ族」というたびに、「ら」というヒデヨシもラ族だなと思う。
さあ、それでは水上レストランで食事しましょう。
川辺に浮かんだレストランで、料理作ってもらっている時間に
オオオニバスを見に行った。「今は冬なので、あんまりありません」
思ったより小さい。「子供が乗れるつーのはほんとですか」
「いや、それは嘘でしょう」と東さん。店にもどると
豪華な食事がまっていた。ブラジル料理の「豆と肉の煮込み汁」を
御飯にかけて、芋の粉末をかける。そしてお待ちかね。
さっき釣ったピラニア。うまい。うまい。
大河の間にある湖のような静けさのなか、なんとも見事なる平和さ。
食事後に、「これから密林に分け入って舟を進めます」
川のへりで子供たちが舟に乗っていて、こっちを見て何か掲げている。
「あれはワニですね」。写真撮ろうとしたら、子供はサッと隠す。
ようするに「お金を払えば、写させる」ということらしい。舟は進み
木々のなかに分け入っていく。木のまんなかにまっ黒になった袋のようなものが
ある。蟻の巣らしい。そして「女王の木」という巨木に近づく。
なんとも見事な、その名にふさわしい木肌の波よ。



舟は行く。まるでコッポラの゛「地獄の黙示録」の後半のような
密林の奥に侵入していく小舟。そして見たくないですと
いっていたのに、蛇の大嫌いな俺に「蛇を見せる子供」のいる
家などを通過して、七時間におよぶジャングル・ツアーは終わった。
これで百十ドル。なんとも満足なる一日よ。
宿の近くの日本食屋にいったら九時たっちゅうに店終いのあとで、タクシーで
「ひまわり」に行く。寿司。カイピリーニャ飲む。チラベルトに似ている給仕に
「チラベルに似てる」というと、露骨に嫌な顔をする。
こうしてアマゾンツアーの夜は堪能のなか、終わる。

六月二十六日・火曜。
痒い。朝見ると、何かに足が食われている。蚊ではない。
傷口が膿んだように汁を出し、あちこに点々とある。
あとで知るのだが、ダニである。ホテルの十階の床の
カーペットは、ダニの巣だ。ここホリディイン・タジマハールは
ダニ・マハールだったのだ。こんな宿に長居してたら
全身ダニ男になる。
冬だといっても赤道のアマゾン。暑い。水とカイピリーニャの酒を
買い出しに行き、「先住民博物館」に行こうとタクシーに言うと
ゴニャゴニャ言って行かないという。次ぎのタクシーに「ムセオ・デ・インディオ、
ぽるふぁぼーる」つっても、またゴチャゴチャ言う。粘ると地図を見せてくれ
場所を教えてくれる。地球の歩き方には、正確な位置が書いてないのだ。
よし、近いから行かないのだなと、歩いていくと、見事なスラム街になる。
なんだ、このスラムに行くのが嫌なのか、と思いつつ、俺も
こりゃあ物騒なとこだな、どうしよう。しかし変だな、こんな場所に博物館が
あるのかとそばの店の親父に聞くと、ここじゃないあっちのほうだと親切に
教えてくれる。こうしてやっとこたどりついたら、見事な建物の入り口は閉まり
張り紙がぶらさがっている。ウウム。なんなんだこれは。
すると、となりの親父が教えてくれるる「改修中で閉館だよ」。
ああ。タクシーはそれを言っていたのか。黙々と歩いて帰る。
そして夜、いよいよボイブンバめざしてパリンチンス行きの舟に乗ることになる。
港までツアー会社の車で行き、港に入ると、運び屋の親父が手ぐすね引いて
待っている。触るな、俺の荷物。自力で運んだ俺の脇で
森氏は運び屋に「十レアルくれよアミーゴ」などとドスの効いた声で言われ
5レアルに値切り、それでも高い見事なるボッタクリ。
舟は思ったより小型船。個室が一階に六個あり、その一室に泊まるのだ。
隣り部屋にいたのが、日本人の写真師の藤木氏。
なんとボイブンバの祭りを六年間で五回取材に来ているという。
舟に個室は六個しかなく、あとの乗客は、二階のスペースにハンモック吊って
暮らすのだ。貴重品なんかどうするんですか、荷物はハンモックの下に
置くんだよ。物騒な話だなあ。



二階の後部甲板の椅子に座り、見れば昨夜会った日本人石山氏もいて、
こうして男四人は、ギタレレとともに酒盛りのなか、舟は闇のアマゾンを下って行く。
おお、目指すぞ、パリンチンスの町。ボイブンバの祭りのCDガンガン流れ
その隙間をぬって、「ほーれえてええ、惚れてええ、惚れていながああら
ゆううく俺の、旅をせーかあせせええるう、ベルのおおとお」などと
演歌の蟻の巣状態にギタレレ奮闘しつつ、夜空を見上げれば
アンタレスが頭上で輝き、蠍座が逆立ちしている。そして南十字星がシンと光っている。
一時、舟がどんどん集まりだし、海軍による臨検がある。
大量に人を乗せたりして危険な舟があるからだとかで、河岸に降ろされ
兵士が自動小銃を水平に持っているのは、さすがに怖い。
果てしなく河は流れ、演歌の放歌も疲れが見え
酔っぱらって二時、べろべろになり、コードも逆さ弾きでは手に負えなくなって
まっ黒な闇の河に抱かれて、眠る。

六月二十七日・
「おい、朝食だぞ」と起こされ、八時バイキング料理。俺たちの部屋は
畳み三枚もないスペースに二段ベット。上の森さんはクーラー直撃で寒く
下は床下のエンジンの熱で暑いというもの。一晩河を下ったのに、景色は延々と
密林の風景のまま。部屋前の通路に椅子置き、持ってきたMD聞きながら
流れる雲や密林を眺めている。何ともシアワセなる時間。
ザバンドの「ウェイト」や「オールドデキシーダウン」なんか聞くと、つくづく
アマゾンにはザバンドがよく似合う、と思う。優雅、大らか。
一日を雲見て過ごす。
午後四時。パリンチンスの町が見えてくる。我が船から祝砲の花火が上がる。
パンパンパアン。おお来たぞ、牛祭りの町よ。すでに河岸に沢山の船が停泊し
ギッシリと並んで隣りに乗り移れる状態で横付けする。
だがこの時、大騒ぎが後で起こるとは誰も思わなかった。



写真師の案内で町を歩けば、すでに前夜祭の状態で、野外ステージでは
テーマ曲に合わせて、独特の踊りを沢山のヤカラが踊り、人々はゴッタ煮のごとく
路上を行き交い、上半身裸組はザラで、海パン一丁野郎などゴロゴロしている。
むっしりと暑いのだ。ジワンジワンと湿気で汗が噴き出し、
シャツなんかビトビトになってしまう。
ピザ屋で飯食いながら、写真師が恐ろしいことを言う。
「船のトイレのシャワー、あれは、詰まります。みんなウンコしたのとか
吸い込んで詰まります。僕、ですからシャワー浴びません。」
なに、糞尿シャワーだとお。
確かに、川辺にあんなにギッシリ船が並び、糞尿垂れ流しのうえ、町の汚水も
ザバザバと流れていて、汚いのは間違いない。しかも5度も来た写真家が
浴びないつーのだ。とても浴びる気がしない。
歩いて、夜の道を祭りのスタジアムまで行く。祭り専用の四万収容の建物の
まわりには、明日の山車が並び、シートにくるまれ、警備の奴がいる。
相手チームの過激派が火つけに来たりするのだそうだ。
なんとも祭りの前の静かな興奮のなか、船に戻り八時ころ、部屋でバテて眠る。
なんか、排気ガス臭いなあと目覚め、二階に行き、しばらくしていたら
写真師が「排気ガス、臭くないですか」と来る。
なんと、隣りの船の不完全燃焼の排気ガスが船の真横から吹き出し、
その噴き口のところにワシラの部屋があるのだ。ドアの隙間とクーラーから
排気ガスが部屋に充満し、なんたって通路が白く煙っている。
ところが船長の家族たちは、その排ガスのなかでハンモック吊って寝ているのだ。
まあ、外は風もある。しかしワシラの部屋は充満し、これじゃ祭り見る前に
一晩で死んでしまう。森さん藤井さんと三名で、船長になんとかしろ
「ここではダメだ、船を動かせ、死んでしまう」などと言うが
船長は、冷静なもので、大丈夫だよと涼しい感じ。冗談じゃないよまったく。
隣りの原因の船の奴はシートかけているため、自分らのガスをシートで
遮断しているから、ますます濃いガスが通路に充満している。シートを上げさせたり
したが、なんともナラン。とうとう船を動かすことになった。いいぞ、と思ったら
3メートル位下がり、これでいいだろう。ちっともよくないよ。
すると船長、紙を持ち出し、俺のドアに目張りしようとする。
そんなことしたら、クーラーから吸い込んでいるんだから、
森さんとガス心中になっちまうよ。俺が提案した。
「解りました、こうしましょう。ハンモック貸して下さい。今夜は二階で寝ます。
明日、かならず船を移動してください。」
時間は十二時を回り、みんな寝静まった二階のハンモックの隙間に、自分の
ハンモックを吊り、ああ、ひとまず安心。そこでおとなしく寝りゃあいいものを
3馬鹿は、よし飲みにいくべなどと港の飲み屋にくりだした。
手配師と写真家は年が同じでふるうい話に盛り上がり、漫才のごとき会話に
うつつをぬかし、とうとう雨が降って午前三時。恵みの雨とはこのことだと
船に帰り、ハンモックでふわふわと睡眠。

六月二十八日・ボイブンバ初日

ワシラの「死ぬ死ぬ」抗議で5メートル下がった船

朝起きたら、森さんのハンモックがない。階段を下りようとしたら
ムワーっと排ガスの匂い。二階のハンモックの叔母さんも臭いと言う。
降りて部屋に行きドア開けると、森さんがギョロ目開いて
「馬鹿野郎、寝てねーんだよ」。昨夜雨の中もどると、ハンモックは
雨にまみれ、ほかに吊れる場所もなく、ガス部屋でふてくされていたと言う。
「船移動しないんですか」「しらねえよ、バカヤロー」。寝不足と暑さで
ぶちきれた手配師。船長は船を移動するでもなく、しかし大丈夫だ的なこと
言うので、俺も腹が立ってくる。どーなんだよ。まあ、ハンモックって
気持ちいいから快適だけどなと思っていたら、なんと船長と息子、となりの船の
腐れ排ガスの口に、みずからパイプを咬ませて、船尾から噴くようにと
工事始めている。偉い。偉いけど隣りの船長は何をしておるのだ。
この辺がどうも、日本人の俺には解らない。
こうして、排ガスはピタッと通路から消え、不機嫌手配師も
少女漫画のようなキラキラした目で「船長、偉いよなあ」と感動していた。
これで安心。しかし、船の出入りするさい、ちっとも安心できないことが
あるのだ。それは船から陸へのタラップ。
幅三十センチくらいの細さで弾力のある板の下には糞尿の汚水が
待っている。この板を3メートルくらい歩くのは、恐怖。二艘先の親父なんか
落ちてしたし。つーわけで、へっぴり腰で船に片手しがみつきつつ歩くと
慣れた船員がヘラヘラと笑っている。ガキどもはなんと汚水のなかで
泳いでいる。ああ、私はとてもアマゾン民にはなれません。
暑い。汗がボトボト出る。港で踊る民のなかで、その難しい振り付けの
踊りをまねるが、簡単ではない。ピザ屋の二階のバイキング食って
冷たい水、なんてうまいんだ。町の中にスコールが来る。みんなひさしの下に
雨宿り。べとべとな体をもてあまし、ピサ゜屋のトイレの水で腕を拭く。
洗っても二層三層と汗のコーティングがある感じ。
夜七時、三名でレストランでバキング食って、いよいよ、お目当ての
ボイブンバの会場に行く。さあ、どれほどのことが起こるのか。
暗いまっすぐな道を行く頭上には、南十字星とケンタウルス座。
「そうか、俺は今アマゾンで、ケンタウル祭の夜を体験しているのだ。」

祭りは午後九時スタートで深夜三時までの六時間。
赤組のガランティーノは、白い牛がシンボル。
青組のカプチョーソは、黒牛。町の真ん中にある教会を中心に
右側の地区は赤が多く、左の地区は青。家まで赤く染めているのが
何軒もあり、俺たちの船は、ほとんど赤組。つーわけで座席も赤組席。
マナウスについた時から思ったことだが、このパリンチンスにしても
生活のさまがどこか「バリ島に似ている」のだ。同じような気候で
ある以上、そうなるのだが、路上の出店なんかソックリだ。
スタジアムに1時間前に着いた。
等間隔で観れるようにと、この祭り専用スタジアムは、ほぼ正八角形のような
感じになっている。そして「有料観客席」がメインスタンドで
右側面は赤のガランテ、左は青のカプリチョーとなっている。
会場に入るとき、係りのお姉さんが厚いパンフレットとともに、
コンドーム三個くれた。いかにもカーニバルの夜じゃのう。
四九三番が俺の席。すでに激しい応援が始まっている。
左右の赤青の席の応援も審査の対象になるので、四万入るスタジアムは
見事に二分され、うごめく凶暴な蟻のごとく、波打ち、二万人が
両手を左右に振り、自分たちの唄を歌う光景は、圧巻だ。
そして、各席にはビニール袋に入った小道具が置いてあった。
開けてみると、麦藁帽子、発泡スチロール製のひも、ろうそくとろうそく立て。
風船。これらが、カーニバルの最中に、何万人が振ったりするのだ。
審査員が七人くらい登場し、デザイン、牛の動き、その他いろいろな
基準に対して十点満点で審査し、三日間の合計で
どちらかが、勝利するのだ。
九時を回り、赤組からスタートらしく、赤のボーカルと進行の男たちが
現れ、カウントを始め、生バンドのエレキたちが座席につき
テーマソングが歌いだすと、二万人が合唱しながら
会場は狂気のように手の波が始まり、それをシーンとして青組の
二万が見ている。ロックコンサート会場より異常な興奮の中、
リードボーカルのムッチリとした親父。黒目がねをかけそのとなりで
アマゾネスのお姉さんが踊りながら親父と手つないでいる。
そしてニ百人くらいの打楽器隊がゾゾゾと行進してくる。カッコイイ。
そのうしろで巨大な舞台が三つに分けられて、たくさんの手押しで
入ってきて組み立てられる。
半他円形の階段とその真ん中にはたくさんの白い鶴と花びら。
やがて楕円の階段上部から湧くように、ヨーロッパ貴族風のドレスの
娘たちが踊りながら降りてくる。そして楕円の上の舞台にのびる
劇場の屋根にスポットライトが当たると、屋根の後ろから
白牛がチラチラと顔を出す。
「あっ、これって日本の獅子舞みたいな、牛舞いだ」。
シンボルの白牛には、一人の人が入っていて、まさに獅子舞のごとく
踊るのだ。だが、なにしろ舞台は高い。おいおい、そんな高いとこで
牛なんかかぶって踊って、大丈夫か。



牛男は、ライトを浴びながら、装置の台で降りてきて、メインの舞台で
一発激しく踊る。カッコイイ。俺の胸はぐっと牛にもっていかれる。
牛が踊るなか、馬軍隊が後ろから湧きだし、牛とお嬢様が踊り
審査員席正面のお立ち台に乗ると、グーンと舞台はせり上がり
牛激しく踊り続けるなか、空には、まいったかコノヤローみたいに
バカバカバカと花火が炸裂する。まるで夢を見ているようだ。
牛踊るなか、後ろの巨大舞台は撤去され、次ぎの出し物が
組み立てられていく。唄は次々と続き、ボーカルは3人交代で
贔屓の曲の頭を歌い出すと、応援席はゴーと熱を発する。
ネッ、これが赤組だけで三時間、続くのよ。ビルの三階立てみたいな
巨人は出てくるし、巨大な鳥は出てくるし。
悪夢をみているような、暗黒幻想映画のなかに入ったような
口アングリ状態でいるわけです。
先住民というのは、この祭りのテーマでもあるので
あちこちに、その模様やピラニアのハリボテ着た男たちが登場したりするのだが
先住民の家の屋根がバックリと開くと、紅組のヒロインの娘
カリーナ・ポポ嬢が、鳥の羽つけて登場したのだが、
花びらのごとく開いた屋根に乗って、その台が装置で降りてくる間も
激しく踊っている。台はヒラヒラ揺れている。
だいじょうぶかよ。と思っていると、台がくずれ、3メートル下のコンクリに
彼女落下。しかし、立ち上がって踊る。うう、痛々しい。
こうした危険な個所は何度もあり、実際、日本ならとても危なくて
やれないような綱渡りがあちこちであつた。
まあとにかく、つり上げた赤い鳥からロープでつるされたカリーナポポが
踊る風景など、なんと言ったらいいんだろう。
デズニーランドの狂気のアマゾン版みたいなもの。




印象的だったものに、先住民の家の後ろから、キングコングがやってくる。
するとみんなは槍や矢をコングに打つ。そして巨大な蛇に乗ったシャーマンのような
男が入魂の弓を引く。コングの顔面から血が流れ出し、空気で膨らんでいた
コングが縮んでいく。なかなかの物語。そして随所に現れる牛舞いの
表情に、俺はファンになった。
この手の妙技を三時間くりひろげ、ガランテーノ紅組の初日が十二時
終わった。しかし青組シーンとして拍手ひとつしない。
コンクリートの会場が手早く掃除される間、青組応援席は
三時間の沈黙の堰を切ったように、ゴウゴウと応援を始める。
そして、ボーカルが歌い出すと、ワンワンと激しい始まりが起こる。
会場に踊り子が入ってくる。あらあら、こっちの方が人数多いぞ。
おい、凄いまとまりじゃないの。どうも赤組は、巨大なしかけに
チカラを入れているようで、しかも美術はオドロオドロしている。
一方青組は、舞台美術も洗練されて、人数も多く、まとまりがある。
見た感じじゃ、今夜は青の勝ちっぽいが、ただし、舞台美術の
アイディアと風土性をとるなら、赤は上を行っていると見た。
三時すぎに終わり、帰って部屋で、スゲエスゲエと語りつつダウン。

六月二十九日・二日目
五時ころ寝たが八時半には、船のエンジン止めたらしく
蛸部屋はムワーと暑くて寝られない。たまらず別荘と化した
二階のハンモックに移動。十時ころ、石山氏と三名で朝食食いに
町に行く。このパリンチンスという町は、河のへりに出来た島らしく、
町といっても歩いているうち通り抜けてしまう程度。
肉と豆の煮込み汁とパン。うまい。町は祭り二日目で、広場のなかでは
午前中から、バンドが赤の唄や青の唄をやっていて、踊り続けている。
けっこう難しい振り付け。しばらく後ろでマネてみるが
難しいので撤退。部屋にもどり夕方までシェスタ。
起きて、「ごんぶと」をゾゾゾと食う。ウンメエエエエ。
土産物屋で先住民的な首飾りと腰の飾りなど買ったら、
店のお姉さん、黒牛と白牛のバッチ見せて、どちらが欲しいと聞く。
俺はガランチーノ「紅組」なので、白牛を指すと、「おう」と
失望と嫌悪の顔をしながら、白牛くれずに黒牛をよこす。
水を十二本買って帰る。七時にレストランで量り売りの夕食食い
スタジアムへ行く。先行は今日は青組カプリチョーソから。
スタンドの応援のまとまりは、青の方があるような気がするし
昨夜は、全体的に青の優勢のような気がした。
次々と繰り広げられる青のショーに、赤のスタンドから拍手ひとつしない。
青の応援スタンドは日本海の冬の波の如く荒れ狂っている。
そして三時間すぎ、十二時、いよいよ俺たちの赤、ガランティーノの番だ。
三時間待った人間の鬱積がワゴワゴと吹き出し、昨日より
激しい応援のなか、やはり赤は、美術がオドロオドロしていて
美術監督はアマゾンの諸星大二郎的だ。
巨大な鳥から舞台に乗り移る瞬間、スカートが引っかかり
あわや転落の気配のおこる場面。危なくてタマリマセン。
また、男の親分の踊りなどは、明らかに日本の歌舞伎を
意識した動きだったりと、この祭り自体が、いろんな要素を
吸収して膨らんできた感じがする。
町の一部でやってる絵描きの店などでは、バリ島の絵描きの村を
彷彿させるものがあったし。
さて、この日の赤の出し物で一番呆れた悪魔的風景は
巨大なコウモリの山車。まったく悪い夢をみているような
気分になるし、会場はみんなロウソク振り回し動くし
まるで懐かしの「モスラ」の南海の民の儀式そのものなのよー。
夜中三時すぎ、ヨシ、今夜は赤の勝ちだべという気分のなか
終了。タツタッと急ぎ足で帰る森さんに、「早く帰っても
何にも飲むものないぞー、何か飲むべよー」と途中の
普段民家がお店開いてるとこで、セルベージャと牛マメ煮込み
食い、帰船してダウン。

六月三十日三日目
朝クーラーが機動し続けて快適に寝てるととなりの船の
ヤツラが騒ぎ、結局九時半に起きる。石山氏と二人で
朝食くいに、民家通りを歩き、ここいい感じと入った店。
肉豆汁とパンとガラナ・ジュース二本とビールど四レアル。
二百四十円です。安い。そこで別れてスタジアム経由で
土産物屋にはいる。いかにも白人の親父が手広くやってる店
ツー感じで、欲しくなるよーなものいっぱいあるが57レアル
買って50にまけてくれと、女店員に言うと、その白人親父
こっちをチロと見て、まけた数字が2。女店員もすまなそうに
していたが、感動的なのは、店の中に先住民のひとたちが
袋に作った製品持ってきて、親父が目の前で買いたたいているのだ。
日本なら、普通そうした風景は「店の奥とか裏で」やるものを。
思わず、先住民の人からこっちが買いたくなっちまう。
昨日買ったボイブンバのCD。なんと青組のやつと判明。
紅組のを買うことにした。記録ノートを書こうと昨日のピサ゜屋に
行ったら、カバンのなかにボールペンが無い。
せわしく働くお姉さんに「ボールペン貸して」と
スベイン語でもポルトガル語でも、言えないもどかしさのなか
とにかく借りる。ピサ゜二分の1頼んだらバケモノみたいに
デカイ。そして突然のスコール。屋根をガガガと打つ激しい雨。
雨も上がり、今夜の為に仮眠しようと船に戻ると
森氏が俺の酒飲んで酔っぱらっている。
「なんだ、このピンガ、甘くてんまくねーぞ」「文句言うなら飲まなきゃいいべよ」
「ああ、君、臭いね。僕なんかホラこの通りシャワーですっきり」
「誰が糞尿シャワーなんか、浴びるもんかい」
「違うね、ちゃーんと上がりアグアミネラル3本使ってます」
見ると、俺が買ってきた水が3本無い。
飲む為の水をシャワーかわりに使われて、
「アンタ臭いよ」などというこの状況。言葉もアリマセン。
「今夜も眠くなるから、俺仮眠します」
「こら、寝るな、よーし歌っちゃうぞ、アマゾン河水にごりー」
「うるさいなー、森さん、寝ないと夜クタバルぞお」
ハア・ドンドンドン。壁は叩くし、寝られない。
森ヒデヨシ対ますむらパンツ状態。
「ここにいても、ヤカマシイだけだ」と、俺は早々に出立。
夜九時、いよいよ最後のカーニバル始まる。
当然のごとく隣りの席に森氏の姿なく、石山氏が座っている。
今夜は我がガランティーノ先行。もう三日も歌っている曲は
おなじみになり、サビなんかデタラメに歌うワタシ。
次々と出てくる山車にも、たぶんアソコらがパクンと開いて
などと予測したりの状況。それでも高い塔の上で踊る白牛には
サワサワと震え、最後のトドメに登場した巨大蟹には
馬鹿モノドモと言うしかない。大蟹の回りに小蟹がごっそりと
そそり立ち、まったく、誰だこんな馬鹿げた美術監督は。
今年のクライマックスだと、花火はスタンド最上段より
烈火のごとくウチ上がり、おお、花火もも根性打ちだなやと
見てると、火が引火して上がる前から横に破裂しだし
上げてる箇所から火の手が上がった。
「あっ、燃えてるよ」。それでも会場は唄い踊り、
花火は破裂しながら客席に落ち、客席で破裂した。
ぎっしりの席がなだれうち逃げだし、最上段のボックス席は破裂のなかで
人が飛び降りているのが見える。
それでも、祭りは止まらない。メインボーカルは歌い続け
「ああ、馬鹿だ、こいつらみんな、馬鹿祭りなんだ」




巨大なマリア様の像の手のひらに現れて踊る白牛。
シビレます。熱烈愛です。牛男さん、サイン欲しい欲しい。
そして紅組の踊りの列が出口に行進しだし、打楽器隊が去り、
踊り子と白牛が去り、ガランティーノの今年が終わった。
あとで、打楽器隊に参加していた篠田氏に聞くと、
終わったあと、みんな抱き合って泣いたそうだ。
祭りである。年に三日、そこにかけた人たちの風景だなあ。
十二時すぎから青組が始まる。
入魂の応援。こんな一生懸命な者たちに、勝ち負けとか決めるの
残酷だと思う。だいたい、オ゛ドオドロシイのと都会的なのと
そのような美術に、点数つけて比較してもしょーがないのに。
この青組もマリア様が最後に登場し、行進したのだが、マリア像と牛を
みながら、ふっとワタシは思った。
「行け、牛男、あのマリアの隙ダラケの、背後から、ドーンと角でどつき倒せ」
このような想像するのは、信仰心がないからなのだが
このシーンやったら、審査員の私十点入れましょう。
船は四時に出発つーので、青の終わりを見てからタタタと帰った。
四時半、人数確認したあと、けだるい余韻のなか、船は出航した。
ああ、終わった。祭りは終わった。
船長さんが、牛豆スープを作ってくれていて、スープ飲みながら
ビール飲んで、呆れた祭りの余韻で頭パンパンのパリンチンスを後にした。



七月一日・「ウルグアイ対ブラジル」の日
八時半、起きて朝食。延々と左側に続く密林。ザバンドを聞きながら
見飽きない。そしてついに、大河のなかで、糞尿ないシャワーを
浴びる。おお、洗っても洗ってもベトベトの体よ。と洗っていると、アラ
急に水の勢いが落ちてきた。何か、詰まったのか。
あわてて、シャワー中止した
昼近く、川辺から小舟が近づいてきては、果物を投げ込んでくる。
そして何かクレクレと騒ぐ。物々交換らしい。子供の船なんかには
こちらの船の客が沢山、ビニール袋におかしやシャツ入れて
投げ込む。こうした船が何十隻も現れた。俺もセブンスター一個
手裏剣のように投げたけど、チッチャイのと水に入ったらダメ
みたいだった。
南米で体験することだが、「施し」する自分が嫌なのだ。
施しに対して、なにか、ブレーキがかかる。
アタゴオルのシャツ、投げ込めば、南米でヒデヨシ・シャツ着る誰がを
想像できるけど、やはり、投げ込む気にはならなかった。
そして、問題の午後二時が近づいてきた。
時差が1時間あり、アマゾンの午後2時はウルグアイの首都モンティビデオじゃ
午後三時。ウルグアイ対ブラジルの南米予選の時刻なのだ。
ところが、船じゃ誰も騒いでいない。
ソワソワウロウロしているのは、森さんと俺だけ。
ブラジル人は、この船に乗っていないのか。
船のなかでギャーギャー言いながら、ブラジル人と試合見ることを
想像していたのに、何なのだこりゃ。
テレビ、テレビと騒ぎ、つけてビックリ。全然映らない。
試合開始時刻は過ぎ、全然映らない。誰かが携帯電話かけている。
ほう、電話で試合の状況をか、と思っていたら、「キャー」
急に船が騒がしくなつた。「ガランティーノが勝ったのよ」と叔母さんが言う。
そうか、三日間のフェスタの審査発表の時刻だつたのだ。


船はにわかに騒ぎ出し、みんな赤い祭りのシャツを着だし
ワイワイしているデッキで、アンテナをいじり呆然としている森さんと俺。
セレソンはブラジル人に見捨てられた。
アホな日本人2名だけが、その崖っぷちに、胸焦がしているのだ。
クッソー、うつんねえじゃねえか。
その時、森さん。ててててと船長のところへ言って何をしたと思います。
まず、ナイフを出し、河岸の家を指し、あそこに止めろ。
船長が呆れて笑い出すと、次ぎに札束出し、あそこに止めろ。
泣けます。セレソン馬鹿に泣けます。憤りを持て余し
船の柱に、相撲取りのテッポウをし出した森氏に、今年の「セレソン命」大賞を
差し上げたい。わははははと笑いながら、俺はふて寝。森氏もふて寝。
ブラジル人が、みんなフットボール好きだと思ったら、大間違いなのね。
夜、テレビ写るぞの声にデッキに行く。シロクロでまるで
月から見ているようだ。しかし、本日の結果判らず、写る画像もひどすぎて
ますます陰気な気分で部屋に戻り、早々とダウン。
旅は終わったのだ。

七月二日。
ぐーぐー睡眠して夜明け。アマゾンの夜明けを見る。太陽が地平線の密林から
チチチと上がってくる。見事なり。朝食は西瓜と超甘いコーヒー。
俺は蟻の国に来たのかつーくらい甘い。午後つくはずの予定の船が
九時前にマナウス着。ここでブラジル好き旅人石山氏と別れて
ワシラはダニのホテルへ。さっそくテレビをかけまくり、
ウルグアイの十一番のピーケーシーン見た瞬間、こりゃ負けたなと思う。
案の定・0対1で敗戦。
昼飯を日本食屋で藤井写真師と三名。
恐怖の割り勘に写真師参戦して、無茶飲み。
知り合いの土産物屋で買い物して解散。ホテルでぐったり。
またダニに食われる。深夜十二時チェックアウトして、サラバ・ダニマハール。

七月三日
深夜のマナウス空港に行く。午前三時発のサンパウロ行き。
夜明けのサンパウロに着き、ビップ・ルームで一休み。そこから
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに飛ぶ。あちらは真冬。
去年も今頃に行き、寒さに耐えられず厚いコート買ったところ。
飛行機のなかで袋から、厚手の背広とセーターまで用意して
飛行場に降りる。タクシーに乗って四五ドルでホテル。
予想よりも寒くはなかったが、それでも密林から来た俺は思った
「ああ、町中がクーラーかけてるぞ」。
なんという文明の振り子。南米一の都とあのマナウスとのギャップ。
夜は、日本食の「日本橋」。お寿司食えば、シアワセ。
日本酒なんぞ飲みまくり、酔っぱらって、おとなしく帰ればいいのに
去年行ったタンゴバー「バル・スルー」に行く。
案の定、キッチュでけばい田端義雄のアルゼンチン版親父が
今年も歌っていた。バンドネオンの名手も元気。
さけれど、叔母さん歌手は居なかった。残念。
ついてすぐ眠る森氏。「帰ろうよ」だとお。
だから「明日来ればいいっていったべよ、ダアメだ、
ちゃんと見るからなあ」とワンステージ見て、帰る。

七月四日
いったい何のために、昨夜の深夜強行のフライトを続け
ベーノスまできたかといえば、アンダー二十の準決勝戦を
見るという予定だつたのだ。
それが本日の午後四時からある。
アルゼンチン対ガーナ戦。しかし、手配師まったく行く気が
ないようで、「どうすんの、二時にホテル集合しよう」と
決めて、ボカ地区までのこのこと歩いていく。
途中、アンテック街歩くが、欲しいものはなく、いよいよ
ボカ・ジュニオールズのスタジアム近くなると、風紀が
妙なかんじ。なんたってガラーンとした通り、誰も歩いていない。
このような道で、ハーイと3人くらいに囲まれたら
お手上げである。実際、ナイフで巻き上げられた話を
聞いたばかりで、当然びびるが、突入して、なんとかスタジアムまで行く。
グッズ店が23軒あって、ボカ十番のユニホーム六五ドル。
そしてスタジアムのなかにあるミュージアム七ドルではいる。
パラパラとお客さん。係りのお姉さんが
「ショー見ますか」と英語で聞くので見る。
360度の画面に、ボカのスタジアムが映る。自分の位置であるカメラは
まるで一選手のように動き、自分が選手になった状態で
試合が始まる。パスが来て、とうとう相手キーパーと一対一。
そしてボールはヘボく上がり、会場がらゴーという失望の声。
ハーフタイムになり、報道が嫌みったらしい質問をしてくる。
そして後半始まり、またもやキーパーと一対一。
見事なシュートが入り、スタジアム全体が祝福の声。感動のシュミレーション。
そうか、マラドーナもバディもカニージャもリケルメも
みんなこれを味わっていたのか。
こうしたオシャレなショーのほかに、歴代のビデオと
バティの入団時の身体測定表。そして二階には、あのトヨタカップが
ありがく誇らしげに飾られていた。
スタジアムの外に出る。チームカラーの青と黄色。
こうした青と黄色に塗られた家があちこちにあり、試合の日でないのに
旗はあちこちから垂れ下がり、散歩する犬までボカのセーター着ている。
つくづく、この地区に根ざしたチームなんだなあと思う。
その後、あるいてボカ地区の有名な派手な色合いの家並み見て
タクシーでセントロまで戻る。二時半の約束の時間、
「やめよう、テレビでいいよ」となった。まあ、俺もどーしても
みたいという気にもならないので、テレビ観戦。
サビオラという今度バルサにくる奴の素早さみながら、トランク整理。
夜、今夜も日本橋に行く。
寿司食って、日本酒飲んで、店の娘さんに、「ビートルズのコピーバンド
出る店」聞いて、地図まで書いてもらうが、酔ったくれだ二人は
レレとなり、ホテルに戻ってノビル。

七月五日
午前中、ぶらぶらと歩く。文明をぶらぶらと歩きながら
頭の中は、アマゾンとあの馬鹿祭りの唄がリフレイン続けている。
ブエノスにいながら、心は劣悪なるあの船に乗ったままなのだ。
午後タクシーで空港に行き、夜のフライト。サンパウロの
ビップルームでボケーとして、飛行機の座席についたあと、もう
眠る。サラバ、牛祭り。サラバぴらにあ。サラバ船長。サラバ白牛男。
夜空に上がって、あの闇を上っていった花火の1つが
まだ、破裂することなく、俺の血管のなかを、上り続けている。

大団円。




二千一年欧州旅日記
「アウェイ、敵に囲まれての奮戦」体感記

日本のサッカー界に、アウェー感覚は無いに等しい。
たとえば、柏のスタジアム。試合開始前に「柏レイソルは、・・・を歓迎します」
などとアナンスが流れたり、まあ和気あいあいというヤツだ
しかし、イタリアでもスペインでも、南米でも、相手チームは、スサマジイ敵の
サポーターを相手にすることになる。そうしたアウエイに乗り込むバルサや
ガラダサライを応援に行くという、この旅は、いったい、どげな体験をさせてくれるのか。



白い渦に封じ込まれたガラダサライ。

四月十七日・水曜、成田・ロンドン・マドリット
朝の八時に家をでて、空港に着くのが十一時。
同じ千葉県とはいえ・三時間もかかることに、もはや不満も言い飽きて
英国航空BAで、ヤッコラサと離陸。あとはロシアの上空をブンと飛ぶ。
ロンドン・ヒースローで、ニコチンを給油して、マドリット便に乗り換える。
2時間ほどで、暗い大地の夜の闇に、たくさんの街明かりが蛍のように群れている。
イスパーニャの首都・マドリット。
「おお、敵地だ、敵地への着陸だ」と思った瞬間、
そーか、ガラダサライのバジ大将も、こんな風に感じて、降りていくのかな
などと、気分はたっぷりアウェイ状態。
入国審査は、いたって簡単。「ハポネスか」「シー」でおしまい。
タクシー三千ペセタで四星ホテル。ホテルのフロントに用意されていたチケット
「レアル対ガラダサライ」をうけとると、フロントのおっさん、
レアル応援に来たのか、とニッとするので、「ノーノー、ガラダサライ」と
応戦すると、なんと、出口を指さし、「帰ってくれ」ときたもんだ。
アウェイよのう。
時は夜の十二時、長い飛行の疲れで、さっそく部屋に入り、
睡眠するわけがない。なにしろ、昨年の南米を飲み食い見まくった手配師・森御大が
ネマセン。そして私もネマセン。も一人の「私だけが普通」と
連呼しながら、だんだん異常な旅に馴染んでいくセレッソ・正木氏も
ネラレマセン。
こうして、三名はフロントに「カフェデチニタス」という有名なタブラオの
場所を聞くと「すぐ、裏だけど、もう遅いから。時間無いよ」
しかし、言うことキカン三名は、出発しウロウロと道を間違いつつ
タブラオにつく。
フラメンゴのこの店。私は以前、一度入ったことのあるところ。
ステージは佳境にさしかかり、熱と痙攣する足と、手拍子の裏叩きの
極みと、踊り手が持ついくつもの得意の型と、憑依してくる気配と
まさに、着いたとたんに、スペインの心臓部。
午前二時までやるはずが、一時ころ観光客がトバッと去り、ワシラ三名
のみ粘ろうとするが、ステージが腰砕けのよーにお仕舞いになったのは
残念。前回など2時半まて゛、やっていたのになあ。
あるいてホテルにもどるが、まあ一人じゃ、やばくて
とても歩けないよーな暗く、誰も居ない道。
ホテルにもどり、バルが開いてるので、行ってみれば
「もう・お仕舞いだよ」。何故か、ほっとしました。


四月十八日・二日目・マドリット
午前六時だっちゅーに、隣りの部屋から、音楽の音が
聞こえて、目覚める。七時になって、やっと明るくなるヨーロッパ。
朝食食って曇天のなか、ブラブラと出ていき、まず妻からの注文の品。
フラメンコ用のセンスを買いにいく。専門店に行ったが、
なんかどうも、貧弱で安いのしかない。そこで私は、こう店員に言った。
「マス・カロ」。へへへ、すごいべ。訳すと
「もっと、高いの」となります。しかし、やっぱり、指定されたような
色や柄がなく、それでもシブシブ、二本買ってでる。
マドリットは三度目なので、別に見たいものもないが、やっぱり
美術館は何度でも行きたいと、プラドに行き、ボッシュの「失楽園」に
対面しよーと行ったら、グワ。館の入り口で人が並んでいる。
以前、こんな風景など見たことない。スンナリはいれたのにと
撤退して、バルでカーニャを飲み、ピカソのゲルニカ見に、移動すると、
なんとまあ「ピカソの特別展」がやっていて、しかもスンナリ入れた。
私は、十年前まで、ヒガソの魅力など、全然判らなかった。
「あつけなモノ、便所の落書きのパワーと、同等だ」
などと、ほざいていたが、やがて「ううむ、凄い」と感じるよーに
なった。写実は技術。ピカソの初期には、そうした写実から
自分のスタイルを探し、苦闘する時期があり、型や感覚が
出来て、本来なら「ここで一丁上がり」のハズだった。
大抵の画家は、そのスタイルの完成から、出られない。
ところが、ピカソは、そこから、幾筋もの道を歩き出す。
まったく、凄い怪物でアリマス。
そして、さっそくスケッチブックを取り出し、スケッチをしながら
アララ。十六点の同じ構図の作品。その十六枚の
女の形が、見事に変化しつづける。
こっちも、意地になって、ずうっと十六体のスケッチ。
もはや、「体のバランスや、形にさえ、とらわれないで
変化する」。なんとも凄い。
フウ。休息して、「ゲルニカ」の巨大作品に立ち、
三分割して、スケッチ。脳が旅の快楽を堪能して、無我の境地。
満足して、ほどよい疲れと息苦しさも味わい、
地下のバルでカフェ・コンレチェ。
スペインは百ペセタが七十円。シェント・ベインテ・シンコ「百二十五」
ペセタでコーヒーが飲める。ビールが飲める。安くてタマリマセン。
歩いてホテルに戻り、さあイヨイヨ、
クサレ・レアル・マドリー対バジ親分とセレソン九四のキーパー
タファレル様のガラダサライの戦いじゃ。
バスで行く。車内にはすでにマドリーのユニホーム着たヤツラが
乗っていて、ぞろぞろとおりれば、ドカーンとどでかい敵の城。
これがサンチャゴベルナベル。バッタ屋で、
白いユニホーム着たブタがバルサのブタに交尾してる
お下劣な人形を発見、さっそくゲット。
そして、うろうろしてると、試合開始が一時間ずれていることに
気づき、ブーブー言い出す男一名。そこでちかくのバルで飲酒に走る。
やがて、時もすぎ、ドリャと会場に行き、高所恐怖症には
タマリマセンナーの階段をビビリつつ上り、
まるで直立するビルのような席につけば、ワクワク気分になる。
椅子には白い紙が置いてある。そして満員の始まりの瞬間
辺り一面、その白い紙を持って立てば、まさに白一色の壮絶なる風景。
そんななか、アタシャ腕組んで、白紙なんぞ上げません。
第一戦、ガラダサライが一対〇で勝っている。
ようするに、引き分けに持ち込めば勝ちなのだ。
行け、ハジ親分んんんと試合は始まり、さぐりあいの展開。
と、突然カウンターぎみになり、あっというまに、ピンポイント炸裂で一点。
ラウルの野郎。会場はゴオオオオオ。私はシーン。
まあ、いい。これで五分五分だ。どっかで、一点入れてドロウにすれば
いいのだ、ツア、2点目。クッスオオ。ペッ。とにかく一点入れれば
2対2で、アウエイ倍づけで、勝ちだぜ。
イライライラ。しかし、どうしても神風のごときイスラムのお祈りの風は
ブンともこず、「ニャアア」三点目。ラウルてんめえええ。
こりゃもう、2点取り返さないと勝てねえぞ。
そのうち、タファレルがフィーゴと激突。あとでフィーゴの鼻骨折状態と判るのだが
タファレルに対し、物がドンドン投げ込まれ、
「タファレル・プータ」の大合唱が起こり、もう試合はボロ負け。
トホホの敗北の風が吹き、会場をあとにする。
歩いて、歩いて、最後に地下鉄に乗って、オペラで降りて夕食。
ホテルに戻り、荷造りしてクタバル。


四月十九日・三日目リバプール対バルサ
四時半起床。タクシーで空港。七時サベナ・ベルギーでブリッセル。
どえらく離れた乗り換えゲートをもくもく歩き、時間待ちで、ウクレレ弾く。
ロンドン目指して飛ぶ。三十分遅れて十一時四十分着。
さあ、ここからユーストン駅でのリパプール行き列車の発車まで2時間。その間に
ピカデリーの旅行会社に行き、試合のチケットを手に入れなければならない。
いそげやいそげと、チューブに乗り、「おい、この線逆だぞ」などと一度降りるほど
気合いたっぷりで、また乗り、グリーンパークで乗り換え、ピカデリーの会社へ。
「リパプール勝つといいですねえ」などという店員に、「はあ」と生返事して
タクシー乗って、懐かしきユーストン駅。「リパプール・ワンウェイ・チケット・スリー」
すると往復切符がきて、一悶着。四四ポンドでワンウェイ、四五ポンドで往復などと
判ったよーなわからんよーな駅員の答え。四五ポンド、約九千円。
ボックス型の席で、ビールなと゛飲みつつ、田園風景はほんとに美しい。
日本の護岸工事した川の哀れさではなく、私の子供時代にみた小川の
美しさ。ピーターラビットの世界。列車はリパプール戦に行く赤いユニホームの
群があちこちでワイワイ。
そして六年ぶりのリバプール着。寒い。小雨。タクシーでホテルへ。
トンネルをくぐり、大河の下を通り、こぎれいなホテルへ。
6時半、タクシー呼んで、いざ出発。スタジアムに近づくと、赤一色の群が
パプでビールやパンをかじり、ワシラは「リバプール対バルサ」の記念マフラー
探してバッタやったのだったハシゴ。ついに残りの一本状態に出くわし、
奥ゆかしい2名のおかげで、私がいただく。
こうして、バルサと半分リバプールのマフラーまいて、会場に入ると、なんど
座席はリバプール熱狂サポーターのゴール裏。まさにアウエイの巣。
バルサのバの字も無い。
「リパプーリバプーリバプー」のコーラスや「聖者の行進」が
轟音のごとくくりかえされるなか、いよいよ試合開始まぎわ
会場は、スロウなバラードの合唱が始まり、マフラーが波のように広がる。
なんと、美しい歌。百年の歴史が込められたような、そして哀愁のある歌。
聞いていて、涙がポロポロ出てきた。
歌のなかに、なんとも言い表せない美しさ、フットボールの持つ荘厳さが
感じられ、ひたすら感動する。
そして、試合は始まった。第一戦、バルサのホームで〇対〇の
亀の子のような守りをしたリバプール。しかし、ホームでは攻めなければならない。
リバプール押し気味で、展開するが、見事なのは観客だ。
いいプレーに、さーっと湧く拍手。攻めに転じた時の拍手。ほんとに
試合を見ている。Jリーグのような、始終ドカンドカンと騒いでる応援とは
まったく異なる成熟した観客。



ジリジリするような試合から、クライファートのハンドでPK。
一点先行されて、後半。時はジリジリと立ち、隣りのアンチャンに
「フロム・バルセローナ」と聞かれるほど、ムウウウと苛立ちつつも
リバウド様がボール持った瞬間、観客たちに緊張が走るのが判ったりしつつ
とうとう、ホイッスル。なんとも、ジリジリした試合はホームの勝ちとなり
バルサの今年のシーズンは終わった。
暗い道を街に向かって、ひたすら歩き、途中クソガキどものペットボトル攻撃を
うけつつ、市街地に到達。
不思議なことに、街はシーンとしている。不思議だなあ、
飲み屋は、パプは無いのか。と彷徨っていると、百戦錬磨の手配師が
めざとく言った。「あいつらについていこう」。見ると七人くらいの
親父が誰かに何か聞いて、移動を始めたのだ。その列についていくと
路地に入り、あれよあれよという間に、キャパンクラブのあった路地。
おお、懐かしの「港の歌舞伎町」。パプはワンワンと音を流し、耳が
痛くなるほどの音楽が店内にはびこっている店がテンテンと
するなか、レノン・バーなどという店に降りていくと、静かで
落ち着いている。さっそく「ギネス」黒ビールで乾杯。しかし、
十一時半でカンバン。またも次ぎの店を探し、並んでる人がいる店に
入ると地下ではライブ。しかし、ヤル曲が古い。「アイム・ア・ビリーバー」
だもん。ギネス飲んで立ちながら回りを見れば、赤いサポーターたちが
何度も、勝利のヨロコビを繰り返し、握手したり、抱き合ったり
「リバプー」コールしたりするなか、手配師は老人と会話を開始
そのうち、俺を呼ぶ。ガンガンの音のなか、ジジイいわく
「ヨーコは正しい。ジョンはしあわせものだ」「はいはい・そーですね」
このジジイ、何度も同じことを言い、唾飛ばして話しかけ
タダのヨッタクレじじいだ。こっちも人の残したワインを飲みだし
ギネスを三杯飲み、よったくれてきて、突然、ライブは歌った。
「ペニレイン」。うわああ、ご当地ソングだ。さあ歌おう、ジジイ
「ぺり・ストレンジ・ぺにれーいん」と大合唱。手配師はパンフレットを
広げ、マフラー代わりにして振れば、回りの酔っぱらいは
マスマス子供に返り、大合唱。「パーイバーイ・アメリカンパイ」。
最後はあちこちで、記念撮影。「リパプー・リバフー」の
シュプレヒコールのなか、一時半、ふらふらと歩き、タクシーに乗ると
運転手が「どちらまで」手配師曰わく「サンパウロ」。
宿に着いて、クタバル。
ああ、バルサは負けたけど、いとしのビートルズの街の
あの地下のパプで合唱したペニーレインは、この旅の1つの頂点。


四月二十日・四日目・リバプール
朝起きて・ホテルを移動。モート・ホテルは五年前きたとき
泊まった宿。荷物だけ預かってもらい、タクシーでストロベリーフィールズへ。
曇天、そして寒い。前回は、タクシーで2時間くらいでアチコチ回ったけど
今回は、タクシーを降り、さっそく、赤い門をスケッチ。
ウォークマンから流れるビートルズ聞きながら、遠い昔の
中学時代の夢を、いま手にしているのだ。
ジョンの家から二百メートルくらいにあるこの庭で
幼きジョンは遊んだのだ。ようするに、これらの回りの
あらゆる通りこそ、彼の幼児的記憶の風景なのだ。




スケッチを堪能している一時間、誰も訪問者なく、
さてと、ミミ叔母さんの家に向かう。ジョンは父親が
家出し、母は離婚したあと、叔母さんの家に預けられて育つ。
このミミ叔母さんの家に近づくと、目の前の大通りには
桜の並木があり、なにか、不思議な気分にさせられる。
それは、桜というものに、日本的な因子を感じるからだ。
父にも母にも捨てられた男の家の前に並ぶ桜並木。
この桜並木の向こうに東洋の、洋子の気配すら感じる。
それにしても寒い。そしてポツポツと雨。
ところが私、傘をトランクに入れたまま。
傘忘れても、ウクレレ忘れず。
カルト・ビートルズ本のリバプール篇を開き、
目指すは、ジョンとポールが初めてあったという教会。
タッタッタッとあるけども、予想以上に遠い。
道の脇の小高い丘から見ると、教会の時計台が見える。
フム、あれか、と写真撮って、引き返す。ウォークマンから
流れる「ドンレッミーダウン」歌いながら、ミミ叔母さんちを
通過して、空き地を探す。
芝生たっぷりの空き地に行き、ではではと
ニューヨークにも持っていった歌本を開き
ウクレレを取り出し、歌を奉納する。
しかし、ウクレレのコート゜がCの展開しか、判らない。
つーわけで、「エニタイムアットオール」
「アイルービーバック」をやるが、雨がバラバラ状態。
ううむ、寒さと雨では、やむえないと、儀式をすませて
ペニーレイン方面に、歩く。ジョンの家から
3キロくらいだろうか、小雨の中、一本道を歩くと二股に分かれ
一瞬迷ったので、バス停の少女に「うえありずぺにーれいん」
こうして、街に着く。空腹て゛パン屋にはいり、とても
うまいチーズパンに感動。
バスに乗って街にもどろうと、「センター」と表記されたバスに乗ると
運転手が「どこまで」と聞くので「センター」。
「センターのどこまで」と聞くので、地名なんか知らないから、
アホのように、また「センター」と言う。すると
諦めて1・2ポンドと数字を出す。
バスは市街地にはいり、適当なところで降りて、それから
キャバンクラブ跡の通りに行く。
五年の間に、「ビートルズで町おこし」的な気配が
強くはなっているが、前回、ジャンバーや襟無しスーツを
買ったビートルズ・ショップは、地味になっていて買うものがない。
歩いてホテルにもどり、部屋で休む。
夜は中華。そのあと昨夜のパプ方面をうろつき、キャバン・パプに
入る。たくさんのカルトな写真。そしてピートベストのサイン入りの写真。
キャバンクラブ出演チラシには、ジョンリーフッカーやヤードバーズの
名もあった。
そこを出で、もう一軒と物色して、トショリの客の多そうな店に入る。
何故なら、ディランの歌をライブで歌っていたからだ。
店の奥の椅子に座り、二人組の親父と若い奴の演奏を聴く。
「ウィーキャンワークイットアウト」などやると、叔母さんたちが、歌う。
ましてや、「レイン」などという渋い曲をやると、歌うのは私くらいなものだ。
そして、「インマイライフ」聞きたいもんだなあ、と思ってると、
おっさん、イントロをバーンとやった瞬間、
「ああ、俺は、殉教のメッカ、聖地リパプールに居るんだ゜なあ」と
痛感しつつ、一緒に歌う。壁には、古いデビュー前のビートルズの写真。
そして、その写真の椅子が、いま自分が座っている椅子だと気づく。
そうか、この店はキャバンからちょっと離れたたげの位置なんだ。
さっそく、ジョンの位置で、写真撮ってもらう。
幸いなるかな。
歌っている親父は、飲みながら歌うため、だんだん酔っぱらい
客は次々とやってきては、常連の叔母さんなど
ストリッパーのごとき腰のフリフリで近づいてくるとこなんか、
なんとも「ビートルズの若き日の風景」を、感じさせるような
港の猥雑さを、彷彿させてくれる。
午前一時、店を出で歩いてホテルに着くと、パプが開いてる。
つうわけで、かるく二杯引っかけて、ダウン。


四月二十一日土曜・五日目・リバプールからスペインの港町ビーゴへ

六時起床。半にホテルからタクシーで駅へ。マンチェスターへ着くと
本日マンチェスター・ダービーらしく、ユニホームの人がちらほら。
空港行きのボロ電車に乗り換え、飛行場へ。小型の湯沸かし器買う。
ベルギーのブリュッセルに飛び乗り換えの間に、パック入りの寿司食う。
マドリットまで飛び、そこから乗り換えてビーゴへ。
この港町であるセルタ対ラコルーニア戦。試合が今日なのか、明日なのか
ハッキリしていなかったのだが、明日あるだろうと予測してきた私たちに
情報通のセレッソ正木氏が、新聞見ながら、こう言った。
「試合・今日みたいですよ。テレビ欄に、九時からだと」
にわかに、飛行機内の私たちは焦る。なんたって、飛行機が空港に着くのが
午後七時五十分。試合まで1時間しかない。
ほんとに、今日かどうか、確認しようと、私は隣りのスペイン人に
カタコトと聞く。すると彼は「オイ・オイ」と声を上げる。「おい」などと
言われても、「それでなんだ、ノーチェ」などと聞くと、ますます
テーブルをゴンと叩き「オイ」と語気を上げる。
ほほほ、私は「今日」という言葉が「オイ」だとは、知らなかったのだ。
まあ、とにかく、今日らしいとさっして、飛行機が着くと、
ソレとばかり、タクシーに乗り、百三十キロのスピードで走りホテルに入り、
荷物を部屋にぶちこむと、またタクシーにのり、スタジアムの近くで
降りると試合開始十分前。
さあ、チケット売場はどこだと、上の空で歩く足の速さ。
まるで、競歩のような、魂の浮ついた手配師とセレッソ師の、足のパタパタぶりを
後ろでみながら、私は「なんか・これって映画になるなあ」と
妙に冷静になった。手配師は切符売り場を探して、左に旋回しようとするので、
「とにかく・誰かに聞きましょう」と警備の人に近づき
「ドンデエスタ」と言ったはいいが、切符売り場「タキージャ」の言葉が
浮かばず「うーうー」とつまってると、「タキージャ、」と指さされる。
こうして売場にいけば、八千・七千・五千・四千の四枠に分かれてる。
手配師に聞くと「四千でいいよ」。こうしてチケット手に入れて、入場すれば
コーナー・ポスト近くの前から三列目。ところが椅子が低くて
サイドラインが低い壁で見えない。
昨夜は高い中華なんぞを食ったのに、肝心のチケット一番安いのを買ったツケを
感じつつ、座ると、私の隣りに風体の粗末にしてどこかヤバソウな雰囲気の
アンチャンがきて、「セルタかデボルティボか」と聞く。
どっちでもいいけど、当然「セルタ」応援だい、と答えると、持っていたパンを
ちぎって食え、ときたもんだ。こうして試合は始まり、
地元セルタのゴール裏の怒濤の声援が、チームカラーの水色の波となり
空にはカモメが旋回し、いい感じだなー。試合は後半、相手のデボルティボ・ラコルーニアが
ヘッドで先行。しかし、すかさず十九番の見事な振り向きザマのシュートで
同点にした瞬間。隣りのやばそーな男は飲んでいたコーラのコップを
放り投げようとして前の人の背中に半分かけながら、ぶんなげて
そのあと席をたち、低い壁に飛びのろうと跳ねて着地に失敗して
股間を痛打。しかし、ひるまずにピョンピョン跳ねて、センター付近に去っていった。
恐ろしいアホだ。私はこの瞬間、ヤツをこう名付けた。
「セルタの森さん」。
同点にしたセルタは俄然勢いづき、そして逆転の二点目が決まると
スタンドはゴワワワワワ。そしてガンタナメラの名曲のふしで
「いっほでぷた・でほ゛るてぼ・いっほでぷーた」の大合唱。
私はギャハハと笑い、下品な港町の高揚に聞き入った。
試合はホーム勝利で終わり、セルタの森さんと、名前を名乗りあい、握手し
抱き合い、分かれて外に出て、記念にマフラー買って、近くのバルで飲む。
ボトルでビーノ・ティント二本ぐびぐび、ハモンセラーノむっしゃり。
酔いがまわるにつれ、日本対スペインなど見たくない、
同日にパリであるフランス対ポルドガル見たい、コルドバの宿代捨ててもいい
などとホザク者が出始め、西沢よりヌーノゴメスがいい、などと
言い出すころには、そんなら「ブラジル対ペルー見に、サンパウロに
行きたい」と手配師が言った瞬間、漫画家は「俺もそれなら、行く」と
言いだし、言ってる自分が「本気で行ってしまう」のが判るので呆れてしまう。
タクシーでホテルに戻り、まだ飲むぞと外に出ていった者をフロントで待ち
無事部屋にかえり、急にラーメンを食いたくなる。
持ってきたイススタントラーメンは、普通の鍋で作るやつ。
あるのは・湯沸かし器だけ。ヨーシとばかり、湯沸かし器に
ラーメンをぶち込み、スイッチをいれる。
湯沸かし器も驚いているはずだ。初めて使用された瞬間に
堅い麺がぶちこまれたりしてるんだから。
フツフツとわき上がり、みごとに・完成。ドンブリもなく、
ゾフゾフと湯沸かし器から食って・幸いの睡眠。


四月二十二日・日曜・六日目・ヒーゴ

夢を見る。裸の白人女性の胸が十字にナイフで切られ
鮮血が流れ、その女を切った女が空中に浮かんでいる。その女性のうしろに
なにやら得体の知れないヤツが居て、犯行者の両腕を
掴んで導いているのだ。
気持ち悪くて目覚めると、私の部屋の頭上に真っ白な体が
四人くらい、空中からこっちを見ている。寝ぼけている私は
とっさに、布団に潜りながら、「うあ・なんだあれは」と
気持ち悪くて、目覚める。そして、もう一度、顔を出してみると
やはり四本のなにかの気配はあるのだが、それが、薄れていく。
なんなんだ、これは。勘の強い人なら、こう言うはずだ。
この部屋は、なにかアッタ部屋だと。
あたりが明るくなり、七時起床。飯食いに行き、ウダウダとしゃべり
十一時、ウクレレ持って港へ行く。地図などいいかげんに見て
野生の勘で歩いたら、港と反対の工場港に行き、戻る。
日曜のせいもあり、店は閉まり、波止場の公園の椅子にすわり
曇天の下、ウクレレ弾いて歌う。
「うーみーはすーてきーだなああ、こーいいしてるからさあああ」
「なーがい旅路のお、航海おえええて、」
「ほおおおれえてえ、惚れて、惚れていながあら、行く俺を」
港町十三番地・哀愁列車・ハリマオなど、異国情緒ぶちこわしの歌を
ばらまき、バルに入り、ムール貝、イカフライで赤ワイン。
イカんまいなー。夜の七時夕食は、日曜なのでアチコチしまってるからと
正木氏と隣りのレストランでパエリア食う。うまい。
やっぱ、海辺でパエリア、めちゃくちゃデリシオソであります。
そして勘定払って、ササっと出て部屋に戻ると、正木氏より電話。
「なんか、隣りのレストランから、来い、と行ってる電話ありました、
勘定がなんかどうも」。何ー。俺はちゃーんと払ったぞ。
さては、テーブルにピッタリ置いて、ささっと出てきたから、
後で、誰かが札を抜いたのかあ、と気合いたっぷりフロントに降りていくと
ホテルの人も、トラブル用にホテルのボーイを一人付けてくれ
いざ、隣りのレストランへ。店の親父がレシートを指さす。
一番下の数字。そーだよ、俺はその数字を払ったんだ。
そこには「ユーロ」と書かれている。その上の段に「ペセタ」。
なんと、レシードの一番下の数字は、ユーロの単位だったのだ。
つうわけで、残金払い、と゜うもどうもと部屋に戻ると
約束の夕食時間に満腹だった手配師が、起きだし、
さあ、飲みに行くかと復活。行くトコなんかないよ、日曜で。
じゃあ、今行って来たレストランへ、とウクレレ持って出動。
ボトル二本開けたころには、午前1時半を過ぎ、
カウンターにへばりつき、ウクレレで演歌を歌う日本人二名。
店のおっさん、時計を見たり、食器ガチガチャいわせても
「帰れって言うまで居ようぜ」状態の、泥酔日本人二名は
さすがに、店をあとにして、今度はホテルのフロントで
ウクレレ狼藉三昧。手配師+漫画家+赤ワインは、
一切の境界を越えて行くのでした。
これで「静かな日本人のイメージは吹き飛んだな」。
二時過ぎ、モウロウとして部屋に撃沈。


四月二十三日・月曜・七日目・ビーゴからマドリット

朝起きて、二日酔いでも朝飯食って、そして
どおおおしても、ビーゴで食わねばならぬものがある。
それは、生牡蠣。スペイン語で「オストラ」。
押す虎・雄虎と唸り念仏のようにとなえながら、
すでに食った手配師よりの手引きで、港の一本裏に入った通りに行くと
路上で二人の婆ちゃんとおばちゃんが、台り上に皿置いて
オストラむいて売っている。
くっ、食いたいと思うのに、二日酔いと朝食まで食った胃は
「コラ・ヤメロ、お前ノ胃ハ泣イテイルゾ」と、明らかに、危険な痛みを
発している。怠い・眠いの二日酔いの中、とりあえず
バルに入り、カフェコンレチェ頼んで、テーブルで
ボケーとしている。店には次々と観光客や地元の人が
通りで買ったオストラの皿持って入ってきては、ワインなんぞで
シュルシュルと食っている。
ふう。はあ。外は小雨が降り、胃は曇天のなか、ふらふらと
外に出ると、売り子の叔母さんが、「ほらほら・おいしいよ」と
生牡蠣の剥きたての皿を見せた瞬間、すでに私の指は財布に
のびて、みるどすしぇんとす。千二百ペセタ。八百四十円で十二個。
向かいの店にその皿持って入り、レモンもらって、まず
皿を記念撮影しようとすると、茶目っ気な叔父さんがそーっと
皿に手を出し取ろうとイタズラする。


さっそく、シルンと吸い込む。海の塩の後から、カキの甘みがジュワンンン。
んめーよーとつぶやいてると、さっきの叔父さんが自分の飲んでる
白ワインから、一杯作ってくれて、私にくれた。
「おお・ぐらしあす」。田舎の人は、親切だねえ。
私が生牡蠣をスケッチしてると、おじさんが「OSTRA」とつづり
を書いてくれた。
十二個を堪能して、町をあるけばシェスタ時間でお店は閉まり、
バルに入り、しばらくお客をスケッチして、ホテルにもどる。
夕食はどーするべとなり、三名で昨夜狼藉三昧した隣りのレストランに
行くと、店主が「ウクレレはどうした」と明るく挑発するではないか。
二階でパエリアやプルボやカラマレスを食い、いよいよ夜行の列車で
マドリットへ。
駅近くの酒屋で二千円くらいのワインを仕入れた手配師。
さっそく四人部屋の寝台車のなかで、ポンと開けて、飲めば
「んんんん、これが、高い赤ワインつーものの味かあ」と
感動する。コクがある。味わうだけで、深い味覚。
なるほど、高いワインには、こんな世界があったのかー。
列車の揺れはほどよく睡魔をさそい、一人犠牲者のごときスベイン人が
居るため、ウクレレ爆弾も炸裂せず、平和な旅情となりにけり。
アディオス・ビーゴ。パエリアとオストラよ永遠に。


四月二十四日・火曜・マドリット・コルドバ
夜明けのマドリットに到着。チャマルティン駅からタクシーでアトーチャ駅。
八時半、スペイン対日本戦のチケットを現地の方からもらって、驚く。ゴール裏の席千ペセタ。
なな、七百円。なんとも哀れな値段である。コルドバまでアベという新幹線で
ドワーっと走り、車内食など食ってるうちに定刻通り着く。
タクシーでホテルに行くと、シングルとツインはずが3人部屋になっている。
手配師ブンブンと抗議すると、フロントの女性が「レートが変わって、予算ではどーたらこーたら」
しかし、あとで旅行会社よりファクスが来て、ホテルのミスによるタ゜ブルブッキングと判明。
なんとも不正直なるホテルの対応。
コルドバは三度目。イスラム寺院メスキータという素晴らしい建物があり
白い細道の迷路のようなユダヤ人街は、たそがれ感たっぷり。
そこにウクレレである。
スーパーで買ったハムをかじり、トマトケチャップの瓶をラッパ飲みして
路地を歩くと、さすがの手配師も「こら・こっちにくるな」と同視されるのを嫌がる。
ウクレレで哀愁のあるメロデイ弾きつつ、メスキータを横目で見つつ
パランパランと見かける日本サポーターに、「こんにちは」と
挨拶すると、ビビリつつ「こんにちは」。




夜は、野生の勘で見つけたプラザ・チニダド広場の脇の店。
三名で飲み食い、鰯のフライや鱈のフライを食いイカの炒め物に感動し
ヨッタクレ気味で、予約していたタブラオに行くが、完全に
「流して踊る」ダンス・ショー。マドリットでのトップ・クラスを見てしまったワタシラには
ハズレ以外のなにものでもない。さて、
アルゼンチンから来たという女性二名に、スペイン語で巧みに話していた男が
私の隣りにいたのでございます。ほほう、見事よのうと思っておると、
突然、銀紙にくるんだものを出したのでございます。
あっ、それは、と私は思ったのですが、銀紙を開くとそこには
さっきのレストランで食い残した「鱈のフライ」。
モンワリと魚臭い匂いが漂ったその瞬間、アルゼンチン女性の目は明らかに、
パタゴニア先住民を蔑視するよーな、視線でありました。
以来女性は、コチラを振り向かずでゴザイマシタ。
いわゆる、これが「コルドバ鱈事件」であります。
しかし、目撃者の私としては、あそこで、白人女に対し
銀紙の魚をツマミに出す神経に、大和民族の頼もしさを
強く感じたのです。
こうして、ウクレレ弾いて、コルドバの細道を「ああ・東京の灯よ
いつまでも」など流して、明日の試合の悲惨さを予想して歌った唄は
「そして・コルドバ」。

コルドバ、泣いてとうなるのかあ
弱い日本を見れば、惨めになるだけー
コルドバ、にごり河のなかに
ユニホーム、投げ捨てた

そして一点入れられ
そして二点目入れられ
誰か、もっと、ましな、監督
探して、さがしてええよおお

のすのすと歩きホテルにもどり
午前二時半「ブラジル対ペルー戦」テレビで
やっていないのを確認して、睡眠。


四月二十五日・スペイン対日本
新聞を見ると、明神の名前が先発メンバーに入ってない。
昨日の新聞には日本語で「遊びに来たわけではありません」
などと書かれていたが、メンバー予想図見ていたら
なんと一人足りなくて、日本は十人になっている。
いい加減な扱いだわなあ。
朝飯食って、お昼寝。午後ダラダラとメスキータ方面にウクレレ持って
行くと、花の小道の奥の小さな噴水の間では、
フラメンコギターの流しのおっさんがいた。おっさんは
めざとく、私のウクレレに興味を持ち、触らせると
どうやら「ウクレレ」という楽器をみたことないらしく
興味津々。へへへとお返しに、おさっさんの
ギターをギッチョで弾く。高いギターでいい音する。
このおっさん、噴水に投げ込まれたコインを針金で
拾うという芸を行い、なにか、さもしいヤッチャなーと私は去る。
メスキータに入り、あの赤と黄色のバームクーヘンみたいな
半円の無数の柱をスケッチ。どまんなかに建てられた
キリスト聖堂の、その「なんでもない・無知さ」に、
信仰の争いの哀れさを、実に馬鹿らしく思う。
当時のスペイン王が、このど真ん中に建てたキリスト聖堂を見て
「なんと、馬鹿げた行為をしたんだ」と嘆いたとツアーガイドの話を横で聞くと、
「ほほう、その王様って、いいセンスしてんじゃないの」と思ったりする。
メスキータの中庭は、日本人サポーターでいっぱい。
そのなかでウクレレ弾いてるヤツは、私しかいない。
切手セージョやセンスやマフラーを買い、昨夜の店に七時。
イカ・魚のフライ。鰯・トルテージャなどなど食い
バスで行こうとする手配師を、徒歩で行くことにして、歩くが
まったく、足取りが重い。「ミタクネーヨー」という声のなか
昼間っから、何度か言われた「シンコ・セロ」。
ガキドモが私に言うのだ「五対〇だぜ」と。
フランスが「五対〇」で勝った以上、完全にスペインはなめている。
しかし、私は「三対〇」くらいで終わって欲しいよなーと、
橋を渡り、のこのことスタジアムに行く。
コルドバで代表の試合など、ないらしいので会場はスペイン人でいっぱい。
カバンのなかには、柏の黄色いユニホームと鉢巻き入れてたが
どうも着る気力もなく、ウルトラスのサポーターを横目に
モガアとした気分で見る。
チャンピオンズの準決勝に突入しているマドリーのメンバーに
とって、この時期になんで日本と試合などやるのだ、
怪我しちゃタマラン的な、どこか、なんの気合いも無いような
スペインだらけ軍団に対し、案の定、亀の子たわし状態のトルシェ集団。
守って守って時が過ぎ、だんだんスペインもいらつきだし
後半、川口が一人で、ミスタービーン的なハンブルやった時には
恥ずかしくて頭下げました。さて残り十五分あたりから
スペインの意地が怒濤のように押し寄せ、
さあ、ここで踏ん張ってみろと、ロスタイム五分。
二分くらいで、クリアーミスからカウンター決まり失点した瞬間、
ガックリと戦意喪失した選手を見て「なにやってんだ、早く、攻めろ」と
叫んだのは私です。
引き分け狙いの糸がプツンと切れても、まだ3分残っているというのに
その闘魂のようなものの無い、選手たち。
こうして1対〇の試合は終わり、私は「こんな亀の守りを
引っ剥がせないスペインって、ダラシナイなあ」という感想。
一方、「点を取ろうとしない戦法は許せない」という声のなか
モンモンと歩き続けてメスキータにたどり着き、路地では
「1対〇」というスペイン人に「ドンデエスタ・クワトロ」「四点は
どこに行った」と答える私。
そして「イスパーニャ」とシュプレヒコールされた男が
「ソイ、コーリア」と胸をバシバシ叩く姿に、日本への愛情の姿を
見る想い。宿でブラジルペルー戦のないのを見て、
重々しく、睡眠になだれこむ。
トルシェの首つながりて・合掌の・足音響く二千二年。


四月二十六日・木曜。コルドバ・バルセロナ
朝・エレベーターで、イギリス人に「日本はよくやった」と誉められつつ
嬉しくはない。タクシーで駅に行き、七番線のはずなのに、列車は八番に止まっている。
駅員に聞き、八番の列車に乗る。しかし、手配師は乗客に再度確認する。
なるほど、慎重に慎重をかさねる、これ経験値なり。
列車は静かに走り出し、やがて沿線の緑のなかに赤い花が点描のように
流れ出す。アネモネの花なのだろうか。「アンダルシア姫」の題材に
使えそうな赤い見事さ。一日走る列車の旅。うつらうつら眠り、
起きればビュッフェで赤ワイン。これの往復。そしてバレンシアに近づくと
オレンジの木がタラフク現れ、やがて海岸を走り、グエル酒造が一瞬見えるころには
ビュッフェは片づけ体制に入っているのに、まーた「ビーノティント」などと言ったら
小瓶二本出して、「これで終わりだ、二本いるんだろう」「いや・一本でいい」。
ビュッフェの親父、酔っぱらいの「もう一本攻撃」を毎日見ているから
慣れたもの。一本飲んで「やっぱり二本にすればよかった」と思っているうち
駅に着く。タクシーの列、長蛇で、タクシーがこない。いらいらしている列のそばに
タクシーが来て、空車電気を消すので、客が怒ってもめている。
やっとこ来たタクシーに「コノヤローなにだらけてんだー」と酒臭い日本人三名は
乗り込み、「グランビア・モンタネル」と走らせる。
七度目のバルセロナ。そしてチキート泊は五回目。
インターホンで呼び出し、鍵開けてもらい、五階までトランク抱え、ドスドス登る。
一年ぶりのチキートです。おにぎり・唐揚げ・ビールをいただき、ワシラはシアワセ者。
「ますむらさんにメール来てるよ」「へへへ、何通」「二通」
二通だとお。その瞬間、ゆかりさんの「アンタって、人気ないんじゃないの」という
暗黙の沈黙の槍がブスブスと私の体に突き刺さりました。
「いゃあ、百通くらいきて、チキートの仕事に支障がきたすと
思ったのにねえ」と、言うだけは言ってみたのでした。
テラスそばのツインを独り占めした手配師の部屋は、テラスに近道できるので
通路と化し、騒がしいウクレレ男は、翌朝の攻撃にそなえ、午前一時すぎ、撃沈。


四月二十七日・金曜。バルセロナ
四月後半にバルセロナに居たのは、初めて。予想以上に寒い。
6時半ころ起きて、うつらうつらし、八時半。テラスでさっそく、カフェを飲む。
チキートにはカウェのサービスがあり、朝八時半から、飲めるのです。
これを飲みながらテラスでボケーっとしているのは、幸いなのよ。
宿には、ピアノ・コンテストに来ている人たちが数名居るらしく
普段の旅人たちと、微妙に様子が違う。なにしろ試験前の緊張を
抱えているのだから。ドルトムントのお姉さんとくっちゃべり、
十時すぎ、日本食の素材屋「東京屋」まで、三名で歩く。
湯沸かし器をブリュッセル空港で買った私は、ごんぷと五二五ペセタ「四百円」で
二個。出前一丁百ペセタ「七十円」で四個と、ラーメン攻撃なのに
手配師は、日本酒大関・米・醤油・ワカメ・ショウガ・にんにくなどと、大枚をつぎこみ
市場でままぐろの刺身買って、「まぐろ丼作る」宣言。
こうして、帰り道、スーパーでワイン3本ハム・ジュース・ケチャップ等仕入れ
手もげそうな重みでチキート帰宅。昼飯は、遠い「小雪」をさけ
近くに出来た「みさき」。しかし、入ったら客いない。やばい感じしたが
えい、と座り、上寿司三千ベセタ。日本酒熱燗で飲むべとなり、結局3本飲んで
チキートにもどると、ゆかりさんが「たらこの醤油煮」作ったところで、
「うわあ。んまそう」などと言ったら、お恵みしていただき、となると
午後三時に、大関で酒盛り。ほとんど飲むと、手配師が
「おい・赤ワイン出せ」。ええ、ここでコレを出したらと、飲みだし
六時頃には、酔っぱらいがふたりホールでトグロ。
アタシャ部屋に戻りダウン。八時に夕餉をいただき、さすがに夜に飲酒できず。


四月二十八日・土曜
起きてテラスで、一人旅で「バレンシア対リーズ」戦から見ている
という若者と話す。十一時頃、台所でハムをケチャップで炒め
焼きそば食う。そして洗濯ののち、やっとこ外出。カサバトリョの
前の椅子に座り、ウクレレ弾く。バトリョ邸は、ますますの繁盛で
ひっきりなしの観光客に、とうとう入り口から進入不可となり、
かつては乗れたエレベーターにも近づけない状態。
次ぎにカサミラ前の椅子に座りウクレレ。売店で本二冊買い、
屋上に上る気もなく、地下鉄で十回券買い、バルカルカ駅で降り
ウクレレ弾きながら長い階段上り、いつものバルでカーニャ飲む。
そして、ホロンホロンと弾きながら、グエル公園の坂下り
そしてギョエっと驚く。二段重ねの回廊の下の茂み、見事に
刈り取られ自動車道路に改造してある。うーむ、問題だよなあ。
正面の門は、いつものごとく人の波。脇のバルのカマレロの顔
見覚えある。この人、九三年にテープルでスケッチしていた時
話しかけてきた人だ。長いこと勤めているんだなあ。
蜥蜴の噴水の脇から右の公園に行き、芝生のあたりで
ウクレレ弾こうとおもったら、公園への進入が閉鎖されている。
しようがないので左の階段から、曲線の長い椅子のある広場に
いき、椅子に座りポロロンしているうち、あまりのお天気のよさに
寝てしまう。
ベネズエラから来たお姉さん、ウクレレに興味もち、話しかけてきたので
ウクレレ貸してやる。
ガウディが住んでいた建物は記念館になっていて、
何度も入ったとこだが、やっぱり入る。



さてと、帰るかとおもい、また地下鉄まで
もどる気力ないので、タクシーでサグラダファミリア。
一年ぶりのこの建物。
コンクリート流し、ドカンドカンと建てられた最近のフォルムの
無惨さは、嘆きを越えて、恥の産物だ。
ガウディが残した門の、あの曲線の魅惑の意味を
いかに、今の制作者は「無理解・無能」なのか、さらしているにすぎない。
コンピューターグラフィックで計算されたフォルムと
自然の持つ「生命力のある」フォルムは、異質のものだ。
思わず、馬鹿げた無機質な柱の「木のまね」をした不様さに、
道路に向かい、唾が吐き出された。
ああ、気分が悪い。建てれば建てるほど
「ガウディが天才であり、今の関係者がボンクラか」を
証明してしまう。
池のあたりから椅子に座り、ボケーっとながめ、それから
ガウディのお墓に行った。シンと静かな聖堂のなか、
ところが、ぞろぞろと人がくるようになった。
年々、有名になつてきたんだなあ。
ひとりのおじさんが、蝋燭をもってきて、ささげたあと
ずうっとたたずんでいる。そのうしろの椅子に座り
「ガウディの孤独」に、涙が出る。
なんぼでも、泣ける。
作る者は、理解の外側に、行った人、なのだ。

地下鉄でウニベルシタに直通のやつが出来たので
二号線とやらに乗り、到着。
大学前からランブラスへ続く細い道のCD屋街を歩き
ディランのブートレック盤を買い、戻る。
夕食はテンプラ。手配師がテラスで孤独にウクレレ弾いている。
旅の旅情なり。ホールで飲むがカシマシイ娘たちの声に撤退
部屋で飲む。午前1時半睡眠。


四月二十九日・日曜日・バルセロナ対セルタ戦
八時半コーヒータイム。九時頃テラスでウクレレ弾いてると、手配師は
目研ぎ屋と化し、台所で包丁研いでいる。
「黄金虫は金持ちだ、てんご・でぃねーろ・ぽきーと」などと歌いつつ
廊下をうろうろしている私を、ピアノ・コンテストに来ている人々は
どのよーに考えているだろうか。
音楽の持つ広さ、音楽の持つダラケタ感覚、それをワタクシは
クラッシックの民に伝えたくて、「ほーちょーいいっぽん。さらしにまいてえ」と
大和民族の魂を唄っているのでした。
メルカド「市場」で古書や古い絵はがきの販売やってるよと、聞き
さっそく、出かける。市場のまわりにグルーッと店がたち、バルサの古い本や
古書。お目当ては古い絵はがき。かつてミラノの日曜に
たっぷりとあったハガキ市。それにはおよびもつかないが
めざすは「ガウディの建物の古いもの」。しかし、ほとんどなく
そのうえ、高い。三千ペセタのハガキなんか、買えません。
それでもみつくろい、チキートにもどり、朝食は出前一丁・醤油味と豚骨味。
手配師森コックより、生卵とビールの物々交換。
旅の疲れがたまり、シェスタする。
夕方、試合開始が九時とばかり思っていたのに八時と知り
何も聞かずに出ていったら、大変だつたと思うが、五人でチキートの前から
バス65番に乗り、終点までいく。
カンプノウのバッタ屋で、寒いのでマフラーを買い、一木さんとゴール裏の席に
着く。まだ陽の明るい八時、バルサとセルタ戦は始まる。
セルタは、折り返しからの成績でトップというだけあって、うまい。
何と先行したのはセルタ。そして意味不明の判断を続ける審判に
ストレスはつのる。リバウドのユニホーム着てきたちゅーに
リバウドは明らかに不調。ルイスエンリケは、決定的なヘッドをはずし
結局同点にするのが精一杯。後半、こちらに攻めてくるバルサに
思わず立ち上がり、興奮するが、興奮は噴火することなく、
イラダチは誤審の山を積み重ねる審判に、ブチ当たり、あきらかに
オフサイドでないのに笛吹いたアヤツに会場は、侮蔑の嵐。
なんとも、セルタのうまさとバルサの停滞゛りを見て、ソソソとバスに乗り込み帰宅。
帰ってウドンご馳走になり、手配師の希望で
ローマ対ラッッオのダービーを見る。バティの迫力、二点先行に追いつくラッツオと
なんとも凄まじい戦いを見せられ、言葉もない。
その後、手配師部屋でサッカー若者を呼んだら二名つきそいがいて
6名で宴会。ワイン3本で、隣りの部屋から注意くらい、マウスピースの
必要性を感じつつ、三時解散。


四月三十日・月曜・バルセロナ最後の日
二日酔い。食欲無し。手配師、カレーの注文などとりにくるが
胃がボロボロ。ウクレレ弾いてテラスに居座る。
予想以上に買うものがなく、こうなりゃCD大量買いに走ろうと
出かける。店をハシゴしてブートレック海賊版をあさる。
ストーンズのバルセロナ・ライブ。ニューオリンズらいぶ。
キースのソロ・ツアー・いん・バルセロナ。そしてデイランを
ゴッシャリ。サージェントの別テイク集。息はつまるはヨダレはでるは
収集癖にはタマリマセン。
退屈だから・ヒカゾ美術館へでも行くべと、地図無しで勘で歩き
たどり着いたら月曜休館。雨が降り出し、けっこうな降りになり
バルでカフェコンレチェで一休み。市場に行き、生牡蠣をみつけ
「1つ下さい」「九十ペセタ」開けてもらい、チュウルン。
しかし、店の叔母さん、貝開いた時、匂い嗅いだのを見て、
一個でいいとヤメル。
市場にはバルがあり、観光客が並んで席を待っている。
こちら、胃がヘヘヘ状態なので、食えないが、健康なら、食いたいものよのう。
帰ってトランク整理して、ケルンのお姉さんと話しして八時。
ワシラ三名に夕食の歓待。一木さんゆかりさん、ほんとうにアリガトウございます。
バルサ対セルタ戦のビデオ見て、部屋にもどり、
ワイン持ってホールに行き、飲んだら、ナンダこのワイン。
なんて味なんだ。あとで判ったのはシェリー酒ではないか、とのことだが
ンマグネー。ンマグネーけど飲まないかとドルトムント嬢に
進めても飲まない。そして九号室に行けば、そこにはコルドバで
すれちがった若者がおり、宴会となる。
下のバルに別れの挨拶していた手配師や正木氏も登場し
九号室で二時まで飲み、旅の終焉となる。


五月一日・火曜・
朝六時・目覚ましで起き、三名のフットボール・ジャンキーは
そーっと廊下を出ていく。何度こうして、夜明けのチキートを
出たことか。あのドアを開けるときの、帰っていく寂しさと
この場所での出会いが、永久に二度とないことを知り
立ち去ることの、不思議な寂しさは、旅の終わりの朝なのだ。
タクシーを止め「あえろぷえると」と走り、空港のバルサ・ショップで
マフラーを買い、飛行機が浮き上がった瞬間、私は長い睡眠に入った。
体は、日本に着くだろう。しかし、意識は、旅のさまざまを
反芻し、そう簡単に、現実には、降りられない。
霧が晴れるように、五月のけたたましい日本のなかで息をしていても、
脳は、リバプールの雨のなか、ペニーレインへの
道を目指して歩いた時刻や、メスキータの黄色い夜の壁のあたりで
留まっているのだ。

大団円

むーちゃす・ぐらしぁす・チキート・どす・ぺるそな。
来年・強くなったバルサの下で逢いましょう。

そして・暴飲暴食と激しい旅を企画した手配師森さんと
煙草を吸いまくり情報通のセレッソ正木氏に、アリガトウ。
今度旅するときは、ウクレレ三台で行きましょうぜ。



首無し亀の子バルサ対リバプール

アウェイでは、守り重視なんてのは、なんぼも見たが
コラ、リバプール。攻める気あんのかよ、ええ。亀の子だって
首出すちゅーに、オメんとこの首の部分のオーエン、
さっぱりじゃん。カウンターアタックも無く、こつけな試合が
フットボールつーものなら、客いなくなるよ。
しかし、これに手を焼くバルサもなあ。リバウドもころぶし
クライファートなにしてんのか分かんないし。
前半見て、ここ数日間で一番つまんない試合。
後半になって、やっと亀も攻め始めて、ゲームっぽく
なったけど。オフサイドが後半1つしかないような、
ほとんどチャンスの無い無い試合。
まっ、しかし、再来週のリバプールでは、
こつけな、みっともないマネもできまいて。
双方、攻撃しあうゲーム、生で見るのだ。
バルサに、勝利を。
四月六日


試合中断

イスタンブールでの、ガラダサライ対レアルマドリー戦。チャンピオンズ準々決勝の
一発目。録画で放送の為、結果だけは知っていたが、前半2点取ったレアルが
後半、防戦一方になり、ジャウデルの逆転三点目入った瞬間。スタジアムは
騒然の域を超えた。もともと、熱いコーラスの湧き続けるこのスタジアムが
、あまりの見事な逆転で、グワオーと、メインスタンドも総立ちの波のようなジャンプ
騒ぎの、あと、イタリア人のツルツル頭の主審が、試合を止めてしまった。
凄すぎて、試合が危険だと、判断したのだろうか。テレビ解説員も
とまどうほどの、突然の中断。まさか、これほどまで、盛り上がるとは。
あの、人波のなかに、私も居たい、と思うもこの神経は、何なのだろう。
フットボール野次馬の、無意識の視線は、解放地区、をそこに
見ているのだろうか。二千一年・四月五日



ブーイングブラジル対コロンビア戦、十一月十六日

サンパウロのモロンビーでの生中継。コロンビア亀の子のように守り、攻めあぐねるセレソン。
ロマーリオ怪我で、エジムンドとフランサのツートップ、しかし冴えません使えません。そして六番のジュニオール、
二度と出ないでくれ。ジュニーニョ奮闘するも得点なく、後半十五分。
「オーレ、オーレ」の声が起こる。何と、コロンビアのパス回しに、オーレである。
そして、セレソンがボール持つと「ピー」という口笛。特にリバウドには強く。
何とも恐ろしいサポーター。だらしない、ふがいない、点が取れない、となるとこの態度。
こうしてロスタイム。残り三十秒でのコーナーからヘッド決まって、勝利で終了。しかし、客はそれでも親指を下げていた。


亜細亜大会・決勝・日本対サウジアラビア・十月三十日

ベイルートというアウエーでの、決勝戦。サウジはPKをはずし、日本はセットプレーから
一点。そして、後半。問題はここからだ。完全にサウジのワンサイド。川口がファインセーブ
しつづけるし、サウジは決定機に決められず、ボコボコの攻撃をしのいで、勝ちには勝った。
しかし、トルシエは心中でもする気なのか、柳沢を出し、八分で今度は交代。
まったく、ああした起用は理解できない。選手にしても、「キツイ試合だつたなあ」という
顔で、すぐに手放しで喜ぶ状態ではなかつた。ようは、世界と勝つためには
来年のコパアメリカ・コロンビア大会に「ゲスト」で出て、ここで、今日の試合の
後半のような状態を、きっちり、越えられるか。そここそ、ワールド杯での一勝への道。
なんだか、勝ちはしたが、試合内容は、負けという、こんな勝ち方しか出来ないのも、日本っぽいなあ。



裏切りの代償・フィーゴ バルサ対レアル

午前三時、カンプノウからの生中継。レアルの選手が登場とともに起こるピーというブーイング。そして会場に
たくさんぶら下がる垂れ幕に書かれた「ユダ」。カメラはフィーゴを再三アップで撮る。試合開始と同時に、
フィーゴがボールを持つと轟音のようなブーイング。とてもボールをキープしている時間が無いほど、
威圧されるなか、ルイスエンリケのバックヘッドでバルサ先行。
コーナーやサイドライン際にフィーゴが行くと、憎しみの顔がうごめき、ペットボトルやさまざまなものが投げ込まれ
ほんとうに、レアルなどに移籍したかつての王様は、ただの憎しみの対象になってしまうという
この風景。愛情と憎しみは比例するのだなあ。
スコアは後半のリバウドのシュートからのヘッドで二対〇。それにしても、
「裏切りとは、その代償を背負わなければならない」のは判るが、確かに、重い代償だ。
憎まれるということが、こんなに恐ろしいこととは思わなかった。裏切りは、ほどほどにシマショウ。


リバウド、ハットトリックの奮戦

チャンピオンズリーグ、一勝二敗で崖っぷちのバルサ、アウエーのサンシーロでミラン戦。
リバウド、フリーキックを壁の下抜けてゴール。その数分後、唇男アルベルティーニの奴が
三十数メートルのロングシュート、左に決まり同点。そして、次ぎに壁のいいかげんなフリーキック、
また唇男決めて逆転。んなろろ、と見てるとリバウド、フリーキックをゲット。今度は右上にゴール。
どはははは、いいぞ、とみてるとロスタイム、ミランのホセマリ、滑り込んだ後、起きあがって、跳ね返ったボールを
ゴール。何寝てるんだよ、バルサのバックス。片っ方は即起きあがってるのにい。
こうして後半、勝たなきゃ予選敗退のバルサ、二十分すぎ、セルジからのセンタリングに
ダイビング・ヘッドで、リバウド、ハットトリックのゴール。行け、あと一点んんんと、見てるうちに、タイムアップ。
十月十九日


南米予選、ロマーリオは孫悟空

録画でブラジル対ベネズエラ戦。ロマーリオ復帰第二弾。
三十四歳のこのストライカーの安定感には、惚れ惚れします。
そして、ジュニーニョの復活もたまりません。
彼のドリブル突破の、あの「突っ込む瞬間」、ゾゾゾと興奮します。
昨今のシュミレーション状態のような、始終、組織的にパスを繰り返すような
似たようなスタイルの中、やっぱり、フットボールの魅力の1つは、ドリブル突破です。
六対〇。孫悟空のごとき、ロマーリオと、ジュニーニョに拍手。   十月十七日


誤審で、お仕舞いブラジル対カメルーン九月二十四日

エムボマのフリーキック決まって、そのまま、後半も冴えないブラジル。イエロー二枚でカメルーン
一人へり、ロスタイムで、レッドがでて二人減る。そのフリーキックをロナウジーニョ決めて、延長戦。
九対十一。勝って当然状態で、キーパーと一対一になった八番、横パスをカナぶり。馬鹿じゃなかろーか。
とみていると、汚名挽回とばかり、見事なワンツーでラインをくぐり抜け、すばやくシュートしてゴール。これがオフサイドの判定。
しかし、スロー見れば、「ギリギリ」などではなく、「完全に」ラインのなかでオフサイドではない。
まったく、柔道の決勝の昨夜の誤審と同様、こんな見事な崩しを、線審の誤審でパア。
ゴールデンボール方式なのだから、ここで終わったはずなのによお。
こうして、二人すくないカメルーンは、残り数分突然逆襲しシュート、見事に決まる。こうしてへろへろブラジルは敗れた。
しかし、問題はあの線審。あれをオフサイドなどと判定し、ゴールを取り消されては、勝つものも勝てない。
、機械の時代、ビデオの時代になっても、人間のあいまいな目で、勝利の判断しているというシステムでの、
誤った勝敗。あまりに無意味な時間。


ブラジル対日本九月二十日・午後六時

開始と同時に、崖っぷちのブラジルの攻撃。五分、ロナウジーニョからのセンタリングに走り込んだアレックスの
コントロールされたヘッド。見事。ここからのブラジルの攻撃は、素晴らしい。ジョバンニがもすこし安定感があったら
スコアは増えただろう。またロナウジーニョ、決定きのヘット゛決まらず、神に祈る瞬間、彼は
セレソンからの評価の下がるのを感じただろう。
後半に入り、ブラジルの動きは落ち、日本は押し気味になるが、結局、決定的にくずすことは出来ない。
それにしても、ブラジルのバックスは不安定。これでは失点が多いのもうなずける。
スコアは1対〇だったが、決定機の数から言えば、日本はずいぶん善戦した。
それにしても、トルシェはなにゆえ、柳沢を使い続けたのだろう。
後半、柳沢が倒れてフイールドのなかで動けなくなった時、思わす言った。
「そのまま、そこに、埋めてくれ」
さて、ブラジルに敗れた瞬間、日本は予選敗退のはずだった。南アフリカはスロバキアを倒すと
予想していたからだ。しかし、スロバキアの健闘によって、日本は救われた。スロバキア人には、親切にしましょう。


ブラジル対南アフリカ

結果が判ってから見るのは、緊張のないものだが、しかし前半の攻防は、フットポールの魅力満載。
あきらかにブラジルの力は上なるも。アトランタのナイジェリアを彷彿させる南アの、アフリカ人の身体能力
には、感動もの。1対1で後半、守りに入った南アをせめあぐみ、一発のコーナーから失点。
そのごのブラジルは、やはり若さが出た。1対3で敗れたが、力はブラジルが上。


ブラジル対スロバキア九月十四日

審判をふくめ一人多いような色合いのスロバキアの、ガッチリ守る壁に手を焼くブラジル。
バックス二枚やぶられど真ん中に上がったやつにドンとやられて失点。なんだよー。
とおもいきや、ガウショ、アレックスのワンタッチにエドウのロングシュート決まり、同点。
後半になり、やっとばらけてきて、特に感動したのは、アレックスが中央から二人を
抜きさらに二人に突入、一瞬四人に囲まれ、あのマラドーナ状態になる風景に、ゾクゾク。
「これが、フットボールだ」と、震えました。
後半もあららと時間がたち、何だ引き分けか、という感じのところで、十五番が左サイド抜いて、
センタリングのシュートがバックスに当たりオウンゴール。そのご、三点目をアレックスが決めた。
まあ、勝ちには勝ったが、まだまだ練習量の不足を感じます。九番エドウ、よく働きました。
しかし、このゲームの審判、イエロー出すぎ、しかもヒ゜ーケー見逃し。


日本対南アフリカ戦

オリンピックが始まり、アフリカ戦。戦術的に動く日本と、明らかに身体能力の差を
見せるアフリカのスピードや個人技。結果は、組織的な日本となった。よく戦ったとは思う。
ただオレがうんざりするのは、マスコミのメダルメ゛ダル・コール。
きちんと、分析し、冷静になってもらいたい。この調子が、二千二年にも起こるのは、タマランなー。
あと、柳沢くん、君は首です。中村俊輔の体はっての二点止める姿が印象的。


南米観戦・旅日記・ヨーロッパ観戦記は、次ぎのページです。

次のページ